吸血鬼の最近のブログ記事

 ブラム・ストーカーの原作小説よりも過去のドラキュラ映画、特にハマー・フィルムの作品群に影響を受けて脚色・映画化されている。ジョナサン・ハーカーがドラキュラ城の蔵書の目録作りのために雇われるところや、女吸血鬼とドラキュラの抗争に巻き込まれるあたりは『吸血鬼ドラキュラ』(1958)から、女吸血鬼の名が「タニア」で、ドラキュラと共にハーカーの接客をするあたりは『ドラキュラ復活!血のエクソシズム』(1970)からのイタダキである。また、ドラキュラが城下の人間と割と密接な関係にあったり、土地の神父がヴァン・ヘルシングを召喚する設定は『吸血鬼ドラキュラの花嫁』(1960)を彷彿とさせる。 

 舞台はトランシルバニアのパスブルグなる宿場町と森を挟んだドラキュラ城のみで、かなりコンパクトにまとめられている。「パスブルグ」は、原語でPasso Borgoとなるので、「ボルゴ峠(Borgo Pass)」のもじりかと思われる。ここの町長はキスリンガー氏。ルーシーの父親でドラキュラ伯爵と交流があるようだ。従来の映画作品でいうところのジャック・セワードのポジションである。 

 本作では過去の作品でよくある蝙蝠への変身を避け、
梟、狼、蝿、ゴキブリ、巨大カマキリとバラエティに富んだ変身能力を披露している。特に巨大カマキリで登場するところは衝撃的だ。そもそも原作のドラキュラは原子レベルで身体を変化させることができる神出鬼没な怪物なので、ある意味では原作に忠実といえば忠実。アルジェント作品では稀な原作物という枠の中で、アルジェントらしさが顕著に出ていたのがこの「今までにない動物への変身シーン」であった。 

 ドラキュラに従属するレンフィールドが登場するが、従来のイカモノ喰いから人喰いに設定変更されているようだ。ドラキュラの従者としてもう一人、ゾランなる男が登場する。このゾランは映画冒頭でアルジェント作品の『インフェルノ』(1980)でのホットドッグ屋を思わせる行動を取る。知っている者なら思わずニヤリとしてしまうことだろう。 

 ドラキュラ役のトーマス・クレッチマンは『ヒトラー~最期の12日間』(2004)で注目されたドイツ人俳優で、ピーター・ジャクソンの『キング・コング』(2005)でのイングルホーン船長役で知られる。

 ミナ役は『ザ・ライト~エクソシストの真実』(2011)のマルタ・ガスティーニ。本作で映画出演は3作目となる。

 アルジェント映画特有の(?)セクシー枠は女吸血鬼タニアを演じたミリアム・ジョヴァネッリ。日本での紹介は『妹の誘惑』(2011・DVD発売のみ)がある。 

 特撮はセルジオ・スティバレッティの手による。『デモンズ』(1985)以降のアルジェント作品に深くかかわっており、現在のイタリアでは名実ともに第一人者の特撮マンで、『肉の蝋人形』(1997)では監督も務めた。

 「怪奇映画の殿堂・ハマーフィルム」の意思を継承する形で、心機一転して結成された「新生・ハマー・フィルム」の第一回作品。そして、スウェーデンの新鋭作家、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト原作「モールス」の第二回目の映画化である。同じ原作の映画化作品「ぼくのエリ 200歳の少女」の公開から、ほとんど間をおかずして公開された。

 リメイク作品であるが、リメイクとしては非常に特殊で、原作の映画化の権利を2つの映画会社がほぼ同時に取得し、企画が練られたが、スウェーデンがいち早く完成させ、ハマー側がそれを観た上ですぐに完成させたという。こんな例は(少なくとも私は)聞いたことがない。
 
 「ぼくのエリ」は日本でも歓迎されたが、「吸血鬼」を扱っていながら、いじめられっ子の少年と、吸血鬼エリの心の交流に焦点が置かれ、幾分ハートフルに描かれていたのに対して、この「モールス」では、吸血鬼アビーの怪物性をダイレクトに描き、それを目の当たりにした少年の苦悩と葛藤を残酷なまでに表現した。
 私はこの2作を比較する事には抵抗がある。双方体質が全く違うので、同じネタを扱っていても、「王女メディア」と「アルゴ探検隊の大冒険」くらいの違いがある、と思うのだ。「ぼくのエリ」はどちらかというと「悲喜劇」であり、「モールス」は完全なホラー映画である。
 不幸にも「ぼくのエリ」の完成後にこの作品が製作され、少なからず本作は「ぼくのエリ」にインスパイアされているようだけれども、私は「あれはあれ、これはこれ」という観方だ。
 本作の良いところは、映画の演出技法をふんだんに活用し、質の良いサスペンス・ホラー映画に仕上げてあることだ。編集や演出も巧みでテンポがあり、「情報」を観客に確実に落としていくので、メリハリの効いている作品である。
 怪物をしっかり描き、一方で少年と少女の恋物語もしっかり描かれている。最近のホラー映画としては「深みがある」作品ともいえるかもしれない。

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