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 ハマー・ホラー隆盛の渦中にあった1960年代のイギリスで作られた作品で、制作、監督、脚本のハーバート・J・レダーはハマー・ホラーにインスパイアした格好で映画を制作。ことに、カメラワークと音楽効果にハマーを意識するようにと直接指示を与えている。数々の古典怪物を復活させていたハマー・プロであったが、ゴーレム物には着手していなかったので、「もしも、ハマーがゴーレムを作ったら?」という遊び心が垣間見られ、その意味で良好な結果を遺したと言える。音楽を担当したのはハマーの『怪奇ミイラ男』(1964)、『魔獣大陸』(1967)のカルロ・マルテッリ。本作の主題曲は『怪奇ミイラ男』の流用。

 セブンアーツ・プロがワーナー・ブラザーズを買収してからの初の映画作品。『怪奇!呪いの生体実験』(1967)と二本立てで公開された。

 『サンゲリア』(1980)の主人公・ピーターを演じたイアン・マカロック(ウェイン警部補役)のデビュー作である。

悪魔の宴 - 1960年代

 1968年は『2001年宇宙の旅』『猿の惑星』『Night of the Living Dead』という革命的な作品が発表され、老舗のハマー・プロはイギリス経済に貢献した一企業としてエリザベス女王から叙勲され、ジャンル映画に取ってまさに最盛期の真っただ中であった。そんな最中に制作された本作はボリス・カーロフ、クリストファー・リー、バーバラ・スティール、マイケル・ガウ、ルパート・デイヴィスといった、新旧怪奇スターの豪華共演が楽しめる逸品。ボリス・カーロフにとっては、遺作ではないが、存命中に発表された最後の作品となる。 

 H・P・ラヴクラフトの短編小説『魔女の家の夢』に基づくが、物語はあまり似ていない。(執筆中)

 ハマーのドラキュラ・シリーズ第2作。ドラキュラ死後の後日談で、ピーターカッシング扮するヴァン・ヘルシング博士が再び登場。ドラキュラの弟子、マインスター男爵一派と対決する。
 経営難に陥っていたユニバーサル社は、同社配給の『吸血鬼ドラキュラ』(1958)のヒットによって倒産を免れ、ハマー・プロに賛辞を贈るとともに続編の制作をもちかけた。プロデューサーのアンソニー・ハインズは脚本家のジミー・サングスターに『Disciple of Dracula(ドラキュラの弟子)』というタイトルの脚本を依頼。
 草稿では、近隣の学校の女生徒二人を毒牙にかけた吸血鬼マインスター男爵が村に訪れた二人の英国女性を狙い、主人公ラトゥールがドラキュラの亡霊を召喚して男爵を倒すという内容だった。このプロットではドラキュラはカメオ出演程度のものだった。
 同時にハマーは別の企画、クリストファー・リーのドラキュラ物『Dracula the Damned(忌まわしきドラキュラ)』の制作スケジュールを組んでいた。その後ハマーはピーター・ブライアンに『Disciple of Dracula』の書き直しを指示。これによりドラキュラの登場がカットされ、ラトゥールはヴァン・ヘルシング博士に変更された。タイトルは『Brides of Dracula』となる。ここではヴァン・ヘルシングが黒魔術でコウモリの大群を召喚し、吸血鬼を倒す事になっていた。さらにブライアンはサングスターの草稿での2人の女性主人公を1人にまとめた。それが本編のヒロイン、マリアンヌ・ダニエルである。ヴァン・ヘルシング役は勿論、ピーター・カッシングがキャスティングされた。
 同時にドラキュリー再登場の『Dracula the Damned』の企画は消滅。リーはハマーで着実にキャリアを積んでいたものの、この時点でハマーはリーを重要視していなかったようだ。ハマーのスターはあくまでピーター・カッシングだったのである。
 さて、ここで問題が発生する。カッシングがブライアンの脚本の「ヘルシングが黒魔術を使ってコウモリの大群を召喚する」ことに難色を示したのである。脚本はカッシングの演劇仲間の作家エドワード・パーシーに委ねられた。パーシーの修正は最小限だったが、カッシングを納得させるには充分だった。その後、BBFC(全英映像等級審査機構)の監査を経て、撮影直前に書き直すなどし、1960年1月に撮影台本が完成。

 ヘルシングが黒魔術で吸血鬼を倒すという案は後に『吸血鬼の接吻』(1963)で採用されるが、ジミー・サングスターの草稿は、ある意味で同作のプロットそのものともいえる。

 マリアンヌ役にフランスの女優イボンヌ・モンローが招かれた。彼女はフランスから母親と共に渡英、ブリテンに滞在中に『殺人鬼登場』、『吸血鬼ドラキュラの花嫁』、『Terror of Tongs』(いずれも1960年)と、立て続けにハマーフィルムの作品に出演。彼女はハマーの上層部に気に入られていたが、その理由はブリジット・バルドーに似ていたからである。この時期、ハマーではバルドーのファンが多く、本人の出演を熱望していたのだった。(※なぜ実現しなかったのかは不明)

 マインスター男爵役には無名のデヴィッド・ピールが配役された。背が低かったために底上げの靴とジンジャーキッス・カールの大きなかつらで身長を嵩上げして役に挑んだ。マインスター男爵は設定ではティーン・エイジャーだったが、実年齢が40歳だった彼には無理があったが、それでも、この狡猾にして冷酷な吸血男爵を小器用に好演した。

ミイラ怪人の呪い - 1960年代

 ハマーのミイラ男シリーズ第三作目。15年に渡ってハマー・プロの作品を生み出してきたブレイ・スタジオで撮影された最後の作品である。

 古代エジプトの回想シーンのプロローグは7分に及ぶ。ナレーションは通説ではピーター・カッシングとされてきたがこれは間違いで実際のナレーターはティム・タナーである。同じくプロローグでファラオの従者役のディッキー・オーウェンは前作『怪奇ミイラ男』(1964)でミイラ男を演じた役者。また、ミイラ男に扮したのはエディ・パウエル。英国を代表するスタント・マンで、007シリーズをはじめ華々しいキャリアの持ち主である。ハマーではクリストファー・リーのスタント・マンとして知られ、ハマー・ホラーを語る上では外せない重要人物だ。『エイリアン』(1979)のスーツ・アクターでもある。

原題にある『Shroud』とは、古代エジプトで埋葬される際の死体を包む布のことで、日本で言うところの経帷子に当たる。テレビ放映される際にはこれを「王旗」としたが、イギリスでいうところの「王旗」は"Royal Standard"となる。実のところ日本語で本作の『Shroud』に該当する適当な言葉が無い。

怪奇ミイラ男 - 1960年代

この時期のハマー・フィルムの作品のほとんどは、お馴染みの顔ぶれでホーム・グラウンドのブレイ・スタジオで作られていたが、本作はスタッフ、出演者共々ハマー作品未経験者が多く、撮影もエルストリートスタジオで行われた。そのためか、ハマー・ホラーとしては少々異質な雰囲気を持つ作品である。主演はテレビ・シリーズ『シャーロック・ホームズ』(1954)でホームズを演じたロナルド・ハワード。ヒロインに扮するのはこの作品がデビュー作となるジャンヌ・ローランド、不死の呪いを受けたアダム=ビーを演じたのは『ハムレット』(1948)でレアティーズを演じたテレンス・モーガン。

ミイラ男のスーツアクターはディッキー・オーウェン。彼は次回作『ミイラ怪人の呪い』(1967)で冒頭の回想シーンでのプレム(ミイラ男の正体)を演じた役者である。

音楽はカルロ・マルテッリ。本作のテーマ曲は、そのまま『魔像ゴーレム 呪いの影』(1966)のテーマ曲として流用されている。

 監督のマイケル・カレラスは「ヘンリー・ヤンガー」名義で脚本も担当している。

恐竜の島 - 1970年代

 怪奇映画の殿堂ハマー・プロダクションの競合として知られるアミカス・プロが、アメリカAIPの資金援助を受けて制作された、エドガー・ライス・バロウズ原作の『時間に忘れられた国(創元推理文庫表記)』の映画化作品。
 1970年代に入ると時代はホラー映画の変革期、大手によるビッグバジェットのホラー映画が発表される中でアミカスも苦戦を強いられることになったが、満を持しての本作の成功によって、以後は低予算の怪奇映画を数多く作る制作体制から、本数を少なくして比較的制作費の高い冒険映画を製作していく方向にシフトチェンジする。

 バロウズの原作では小説の前半分が大西洋上の連合軍とドイツ海軍の攻防を通して、複雑に入り組んだ人間ドラマが描かれるが、映画ではほぼそれが描かれない。主人公のボウエンは若干22歳の造船技師で、父親の会社は世界各国に戦艦を売っていた死の商人である。かくいうU-33はボウエンが製造の指揮を執った潜水艦で、ボウエンは自分が作った潜水艦に襲われる事態を「フランケンシュタイン」になぞらえる。翻って、このような伏線があったため、ボウエンは敵艦に関してどの敵将校よりも詳しかった故、潜水艦を乗っ取ることが出来たのだった。彼は海上で救出した謎の女リサと共に行動し恋心を抱くも、彼女にはドイツ将校の許嫁がいた。それが彼らを襲ったUボートの艦長ショーエンフォルツである・・・といった具合に、小説には主人公たちが恐竜島カプローナに到着するまで、幾重もの面白いどんでん返しが用意されているが、映像化するにはこの前半のシークエンスはあまりにもボリュームが大きかった。

 アミカスはボウエン役には当初、スチュアート・ホイットマンを考えていたが、AIPが反対し、結果としてダグ・マクルーアにお株が廻って来た。マクルーアはこれを皮切りに『地底王国』(1976)、『続・恐竜の島』(1977)、とアミカス制作のSF冒険映画に出演、70年代を代表するB級映画のスターとして知られるようになる。

撮影はイギリスのシェパートンスタジオ、カプローナ島のロケーションはスペインのカナリア諸島にあるテネリフェ島で行われた。

IMDb

Wikipedia

妖女ゴーゴン - 1960年代

『妖女ゴーゴン』についての考察

(文章:乗寺嶺 善美 2016/5/30)

ハマーホラーといえば、小学生時代の夏休みの午後ローの定番でやたら見た覚えがある。「妖女ゴーゴン」はかなりリピート放映されていた。頭悪いガキなのでクソ暑い中アイス食いつつ、あーなんだよー蛇女出てこないじゃねえかとイライラしながら見た記憶がある。もうオチも知っているし、蛇女結構弱いんだよなと小馬鹿にしつつ見た。ガキなりのリアリズムがあるので、吸血鬼とか狼男をバカにして見ている時期である。ここ日本だし、ドラキュラ伯爵来るわけねえしみたいな頭の悪い理解でハマーホラーをバカにしていた。

「ハマーホラーの夕べ」で遥か昔のハマーホラーを見直して今の感性で見るとまあ、なんというかときめく設定が多い。ある程度の知識と見識があるとスタッフはこういうことがしたいのねが見えてくるので、この年になってのオレ的ハマーホラーブレイクが来ている。これは東宝の怪獣映画に感じる懐古的な物とは違う。で、「妖女ゴーゴン」を久しぶりに見てみるとなかなかいいメロドラマだった。

20世紀初頭、ドイツの片田舎バンドルフ村と、その村にある無人のボルスキ城でこの村に住みついたよそ者の画家とこの村の娘がエッチい仲になった。アタシい妊娠したの!結婚してからーのゴタゴタ後、娘が石化死体で画家は首つり死体で見つかる。画家にはリンチの跡がある。検死に立ち会ったドクター・ナマロフ(ピーター・カッシング)と助手のカルラ(バーバラ・シェリー)はまたかみたいな空気になるのだが知らん顔で、事件の経緯は画家が娘を殺害した後に自殺という結論になる。これに納得いかないのが画家の父ハインツ教授で、独自に調査していると蛇女に遭遇してしまい石化。しかしながら石化のスピードが遅かったので、もう一人の息子ポールに手紙を書く時間があった。父と兄弟を失ったポールが事件の解明に来るが助手のカルラに惚れちゃったみたいで長々とメロドラマが始まりますよという空気になる話。久々に見たら寝そうになるほどゆったり進行。まあ、そこがいいわけですが結ばれない二人の男女の悲恋モノのラブロマンスで見ると非常にいい映画ですね。

古城に居たのはゴーゴン三姉妹の一人メゲーラらしいという話になって、あれ?ゴーゴン三姉妹ってステンノ・エウリュアレ・メドゥーサだよね?アレでしょう?アテナの怒りを買って怪物にされちゃった気の毒な三姉妹。で、メゲーラってたぶんメガイラだ。こちらはエリーニュスの三女神だ。

アレークトー(止まない者)
ティーシポネー(殺戮の復讐者)
メガイラ(嫉妬する者)

だったと思う。でこの女神様達はティターン族なのでオリュンポスの神々より古い存在だ。何気に神格が上がっている。そんな古の女神様が何故20世紀初頭の古城で寂しく居るのか不明なのだが、髪が無数の蛇の怪物で見た者が石になるメドゥーサをメガイラにした理由って何だろう?たぶんこれはメガイラが嫉妬を司るからだ。同時に悪事を働く者を罰することがお仕事でもある。こう考えると最初の画家と村の娘のエッチい関係で娘の方を石化した理由が見えて来る。不道徳に密通して淫らな関係になった娘を罰したということになる。なんか理不尽なのだけど、ギリシャ・ローマ神話の神って理不尽です。うっかり何かやらしたら酷い殺され方をするか怪物にされます。あと何気に女子に厳しい。冒頭の不可解な死体のシーンって実はかなり深い意味がある。ちなみに画家は娘のパパが激怒して村の連中集めてリンチして殺したのだと思う。で、これを地元の警察は知っていて黙認している。なんてヤバい村なんだというのが非常に英国的な嫌らしい感性だ。排他的でよそ者に厳しいということはハインツ教授さんちに暴徒が嫌がらせに来るシーンでも分かる。所謂村社会独特のアレである、アレであるからもう20世紀だと言うのに怪物の存在を信じて隠していることになる。

以後のストーリーでネタバレをするとメゲーラの魂がカルラに宿っていること。ドクター・ナマロフはそれを知っていて、カルラを庇っていることで、実は彼女に愛情を感じている。ドクター・ナマロフはその状況にかなり悩んでいたということが分かる。そこの若いポールが登場である。で、急速に仲良くなる二人に不安になったのかアイツ、満月の夜になるとメゲーラになるから監視せえみたいな体でがたいのいい用心棒みたいな助手を差し向けるわけだが、この助手は殺人に躊躇がない危ない奴だったりするので、なんでこんなの雇ってんだという不思議な状況。途中でポールの恩師であるマイスター教授(クリストファー・リー)が合流する。長身に適度に着崩した風体で怪しい人である。身なりでコイツは変人という記号化をしているのだが、この人が登場したのはこの物語におけるただ一人の俯瞰で物が見える人で、理知的な視点でこの村の状況に切り込める近代人ということなのだと思う。理知的だからメゲーラは居ると仮定するとこうじゃないか?みたいな冴えたアドバイスをくれるのだが、ポールはカルラを愛しちゃっているので届かないみたいな流れになる。恋は盲目ですね。うっかりすると石化しちゃう危険な恋ですね、そら燃えますわね。

マイスター教授が教鞭をとっているライプツィヒ大学って本当にあるのかしらと思って調べるとすっげえ名門です。ライプニッツとか物理学者のハイゼンベルクとヘルツ、実験心理学のヴント、クラインの壺で有名な数学者クライン、メビウスの帯で有名な数学者メビウスが先生をやっていた大学です。そらまあマイスター教授がリアリズムの塊なのはよくわかる。あの人は遅れて来た金田一耕助のような名探偵なのだな。もう近代化の波が来ているのにまだ旧体制な社会に光をもたらす人という役割も演じているわけだ。
だからドクター・ナマロフとマイスター教授が対峙するシーンにドキドキする。近代化の光を持っているのに真実に目を背ける者と背けない者との対決だ。あの緊張感半端ない。名優同士特有のオーラであのシーンは非常にときめく。この物語は古の女神が古城に居ついたこととそこは近代化の波に乗り遅れた旧体制の村社会だったこととポールとカルラの悲恋がうまく噛み合ってないんだと思う。それでもラストの哀感漂うシーンっていいよね、誰かあの状況を救う者が居るとすればペルセウスのような勇者の資質を持った人ということになるのだろう。まあ、あの人が勇者なのかというと少々疑問だが。神に挑むということはこういうことだという落としどころで考えるといいラスト。怪奇なシーンで始まって、神話のような終わり方をするという素敵な映画ではあるんだ。

サスペリア - 1970年代

「サスペリア」についての考察

(文章:乗寺嶺 善美 2016/10/31)

 久しぶりに「サスペリア」を見て驚いたのは、この映画ってミステリーとして非常に良く出来ている映画だったこと。アタシ、「サスペリア」ってきれいな姉ちゃんをいたぶるのが素敵な映画としてしか見ていなかったのだけど、この年になって映画を見る目がこなれた状態で見ると、あれ?この映画凄くない?になりました。アルジェントは想像以上に世界観とこの映画におけるルールをしっかり提示している。で、ミステリーの目で読み解くと無駄なシーンが一つもないし全部説明できることに気がつきました。メモ書きで何が凄いのか書いておきます。ネタバレ上等なので未見の人は気をつけて「サスペリア」は魔女3部作の1作目。シリーズが進むと魔女三姉妹の存在が分かるようになりますがこの1作目で実は三部作への世界観がしっかり構築できている事実に今更気がつきましたね。「サスペリア」って冒頭のシーンで世界観とルールと伏線がほぼ全部提示されているのですね。

「サスペリア」はスージーがNYからドイツのバレエ名門学校に入学するために真夜中の空港から出てくるところから始まります。空港を出ると外はありえないほどの大雨。周囲は排水溝が溢れるほどの洪水状態です。散々無視されてようやく捕まえたタクシーの運ちゃんがえっらい無愛想。スージーいきなりのドイツ人洗礼で半泣きです。ここで分かる情報はこの雨は30分前からだということ。その前に空港についていたらこの大雨に遭わなかった。スージーついてないな、なのですが、雨によりスージーの状況の明確化がされます。大雨だからあの時の状況をスージーは忘れないし。大雨だからあの言葉を思い出せたということになります。異常な天候にした意味はここにあったりするのですね。やっとの思いでバレエ学校に着いて、入れてくださいとインターホンかなんかにいうと、中の人がグダグダして帰れみたいなことを言う。待たせてある運ちゃんがイライラしてクラクションを鳴らすでスージー全泣きです。スージーがタクシーに戻ると、中からパットが出てくる。パットは扉の内側に向かって、ラストへの伏線の言葉

秘密の扉

3つのアイリス

青を回して

を誰かに向かっていう。もちろんスージーにではない。スージーはここから起こる恐怖の目撃者であるということが示唆されます。そのままどこぞに走っていくパット。タクシーに乗って、今日の宿を探すスージーはタクシーの窓から森の中を振り返りながら走っていくパットを見る。場面はパットのシーンに変わる。パットはどこぞの建物に入って、友人らしい女性に会う。ここは上級生の街中の下宿先であることは後で説明される。上級生の中には寄宿舎ではなく街に下宿している人間が結構居るということまで後で丁寧に教えてくれます。何かに怯えているパットはここに泊めてもらうことにします。フランクな先輩はパットがまたやらかしたぐらいにしか思ってませんが、怯え方が尋常じゃありません。やがて一人になりたいパットは部屋から先輩を部屋から出るようにうながします。
その後、窓の外が気になるパットは窓に行きます。窓の外に何か居る!(まあ、洗濯物がヒラヒラしているのが女子のリアル風景でいいでよね)それを確認するためにスタンドの電球を近づけて窓ガラス越しに外を見ると獣の目をした何かが居る!次の瞬間、何者かの手が窓ガラスを破って、パットの顔を窓ガラスに押し付けます。不細工に顔が歪むほど押し付けられるパットのシーンって、この子を苛めてやろうというアルジェントの悪意全開です。ガラスが割れて押し付けられる状況から解放されますが、別のナイフを持った人物にメッタ刺しにされます。先輩はというと、何故かパットのドアが開かない状況に、パットの悲痛な悲鳴で半狂乱になってドアを叩くもドアは開かない。半狂乱の先輩は他の部屋のメンバーに助けを求めるけど誰もドアを開けない。パットをメッタ刺しにした人物はパットを天井のステンドグラスの上のスペースに連れて行き、パットの首にロープをかける。その後もダメ押しに何度も心臓を刺すけど、パットが何気にタフなので虫の息でも生きている。それじゃあ、と、首にロープを巻きつけたパットを突き落すと、ステンドグラスを割って有名なあのパット中吊りシーンになる。ステンドグラス越しの大きな音に反応した先輩は、1階からその様子を半狂乱で号泣しつつ見ているしかない、下に居た先輩は、パットが突き破ったステンドグラスの破片と金属片が刺さって絶命する。冒頭から2名死亡という衝撃のオープニング。ホラー映画史上に燦然と輝く残虐シーンで、当時非常にキャッチーで『サスペリア』といえばこれ、という定番のシーンになりました。しかしながら、ここまでのシーンにこの後の全てのストーリーの伏線と、あの世界でのルールが入っています。

 魔女がテーマの『サスペリア』。では、「魔女とは何なのか?」これは後半になって説明されますが、「この映画における魔女の能力とは何か?」が、実はここでわかるようになっています。魔女は何人かの人間による集会を作る必要がある。「魔女は人間とコネクトすることで力を得る蛇の頭のような存在である」と、後半でとある学者に説明されるのですが、このコネクト能力が本作で最も重要なファクターです。あのバレエ学校は、かつて魔女エレナ・マルコスが集会を開いた場所で、火事によりエレナ・マルコスは死んだという情報が後で出てきます。エレナ・マルコスは、本作では「黒の女王」でしたが、シリーズが進むと「嘆きの母」とか、「溜息の母」と呼ばれた存在だということが開示されます。この時点では「黒の女王」。あの学校は元々オカルティックな場所だった。冒頭のシーンで気になるのは大雨。スージーを追い返したのは誰か?パットは何から逃げていたのか?それは建物の高層階に窓から襲撃できる超常的な存在だ。獣の目をしていて、背が高く、屈強な腕の持ち主だ。一つ一つ読み解いていくとあれ?これ凄くない!になります。

●大雨のシーン

 魔女が天候をどうにか出来るというのはオーバースペック過ぎますので、たまたまだと思いますが、パットがとある場所から逃げただろう時間を考えると30分はかなり重要なヒントです。

●スージーを追い返したのは誰か?

 これは後で実はサラだったことが開示されます。後にスージーと仲良くなるサラがあの日、パットが話しかけた相手だったのです。で、この映画は時間に関して結構正確で、

スージーが空港から出てくるのが午後10時ぐらい

バレエ学校についたのが10時半ぐらいで、そこでパットとすれ違う。

パットと先輩が死んだのが11時前後

という情報が出てきますね。このシーンで重要なのは、サラがあの時に適当な応対をしたということは、あの時間に教員があの学校に居ないという情報です。教員は毎日学院を退出するというのが生徒の間では常識らしいというのは後で示唆されますが、教員は本当に毎日学院を退出しているのか?の重要な伏線です。結局、スージーを追い返したのは誰だっけ?と、しばらく忘れていたし、結局、有耶無耶じゃなかったっけ?とか思っていました。結構気を使っておるなアルジェント。

●パットは何から逃げていたのか?

 パットは後ろを振り返りつつ走っているので、何かに追われているという恐怖感の中に居たというのは明確です。これはラストまで見ると、パットは学院の中でアレを見たのだろう?ということが分かります。必死に逃げていたのは相手が人間ではなかったのでは?という事がすぐわかるというのは、なかなかフェアな伏線です。

●パットに危害を加えた存在は二人居る

 窓からの襲撃者と、ナイフとロープを使う襲撃者です。窓からの襲撃者のヒントは目と腕と性別。パットが窓から見た獣のような眼はエレナ・マルコスの眼。そして、窓から襲撃してパットの顔を窓ガラスにガラスが割れるまで押し付けたのは、腕毛が異様に長くて背の高い男、すなわち下男のパブロです。ガラスに顔を押し付けてそのまま割ってしまう怪力を発揮できる人でなおかつ異様に背が高い人はパブロしか居ないし、写真でやられたになりました。

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パブロの何が凄いって、階上の窓に張り付いてそのまま襲撃して来た身体能力です。これも魔女との契約の効果のひとつかもしれない。そして、エレナ・マルコスは空間を超える能力を持っている魔女ということになります。ここを理解すると後々のシーンはああ!そういうことかになります。二人目の襲撃者=確実に相手を殺す実行犯は後でおそらくコイツという形で登場します。ここで気になるのは襲撃者の動機です。魔女だから誰かを操っているのでは?だけだと半分正解。前述のコネクト能力で説明すると、気の毒なもう一人の少女が死んだ理由も説明できます。

 魔女はコネクトした相手から何かの力を得て、生き続けることが出来るらしい。何かの力を搾取するために魔女は常に支配下における集団を作る。また、このコネクトされた集団が居ないと力を発揮できないという側面もあるようだ。魔女がミサをする理由の証左になっていたりしますね。

 コネクトした相手は、ある程度支配下に置くことが出来る。コネクトした相手に優れた資質があれば、しもべに昇格。このしもべはワンランク上のコネクト相手で、従順な存在らしい。下僕は魔女の能力を把握し、支配される理由を知っている。ということは、何かの恩恵があるのでしょうね。魔女が死なない限り死なないとかそういうの。まあ、ネタばらしをするとしもべは学院の職員ほぼ全員です。魔女の支配下に居ることを自覚して、魔女の意思のままに生徒を管理している存在です。逆に生徒はコネクトされている状態に無自覚である子が大半だということになります。力を搾取するために都合のいいシステムが「バレエ学院」ということにもなりますね。コネクト能力で考えると二人目の襲撃者はコネクトされた誰かです。生徒間の事情に詳しいので、生徒の誰かだろう?ということは、このシーンだけで示唆されます。何せ、パットの逃げ場所に直行できるわけですから。パットの逃げ場所をエレナ・マルコスに報告できるのは生徒だということになります。生徒の中に、より強くコネクトされた監視者が居るというヒントでもあります。後でわかりますが、強くコネクトするにはエッチい何かがあるじゃないかな?みたいな邪な予測も出来ます。

 以上のことを考察すると、エレナ・マルコスは自身を、例えばアストラル体のような状態にして自由に飛べてどこへでも行けるということ。ただし、物理的に何かしようとする際のパワーがないので、自身とコネクトした存在に手を下して貰わないと対象を殺せないということがわかります。これにより、例えばスージーとサラがプールで会話している時に階上からすっと真上から泳いでいる二人を上から見る視線の説明がつきます。

●先輩トバッチリで死んじゃって気の毒!

 はい、これね。ガキの頃から何回も見ているシーンだけど。うわ、とばっちりじゃん!可哀想以上のシーンじゃないと思っていました。パットに構わなければ生きていたのでは?なんでわざわざステンドグラスの下に来ちゃうかな?だったのだけど理由があるのですね。なんで先輩も死ぬ必要があったのか?コネクト能力で解釈すると、どうも魔女にコネクトされない生徒が居るという意味ですね。生まれつきなのか、魔女の能力に耐性があるような子。コネクト能力で支配下に置けない存在は学院からすると素行不良らしいのですが、皆結構なお嬢様なのですよ。股のゆるい子は居るかもねなんだけど、基本ハイソなのでお上品なのですよ。でも、何かこう学院で浮いちゃう子が居る。それがパットであり、サラであるのですが、この子たちはコネクトされない、というか出来ない。で、コネクトされない存在は学院にとってノイズなのですね。さらに支配下に置けないということが学院に疑問を持つ存在だということ、非常に邪魔です。あの時、先輩がパットを向かい入れるということは先輩もアンコネクトな子ということになります。で、半狂乱の先輩の呼びかけに誰も答えない。街の下宿先の居る生徒もコネクト済みということです。アンコネクトな上に学院の秘密を見たパットともしかすると余計な情報を聞いただろう先輩をまとめて始末したという風に考えるとあのシーンは腑に落ちますね。で、わざわざ死ねる場所まで移動しちゃうということは先輩は半コネクト状態だねという想像までできます。コネクトの深度にばらつきがあるんじゃないの?は別のシーンで暗示されます。今見直して、なんてロジックがしっかりしているんだろうと感心しました。恥ずかしい話ですが、この年齢でアルジェントが見せようとしているモノを理解できました。このロジックで、あのシーンの意味がわかんないなが全部解消されるのでおいおい説明します。

 ●スージーとはどういう子だったのか?

 本作のヒロイン、スージー・バニヨンについて考えてみる。演じるジェシカ・ハーパーは『パパ/ずれてるゥ!』(1971)にちょい役で出ていたような気がするのだが、気のせいか?あどけない顔で、アルジェントが苛めたくなる性質をすべて持っている女優さん。スージーはNYからわざわざドイツのかなり田舎の名門バレエ学院に入学に来るほどバレエに熱心である子。で、かなりのお嬢様。それは例えば、タクシーの運ちゃんが大荷物を運んでくれるのは当然と思っているシーンとか、バレエ学院の生徒がお金に苦労しているところに涼しい顔で居ることなどでわかります。名門バレエ学院の寮費が週に50ドルと言われても平気な顔をしている。当然レッスン費とは別で、他に必要な授業料もあるはず。今のレートだと5,000円強だけど、当時だともっと高いはず。雨の翌日にてぶらで学院に挨拶に来るスージーはトゥシューズを持っていない。初日のレッスンの際には練習着は学院で用意があるけど靴はないから誰かに借りてと先生に言われる。靴を借りるスージーだがその際に、その靴新品だから買わない?とか借りる相手から言われちゃう。この学院ではお金に苦労している生徒が居るというシーン。同時にスージーはレッスンに靴を持参しないといううっかりさんであることも分かっちゃう。スージーが最初に会うのが怖そうな先生ミス・タナー。今見たら、アリダ・ヴァリじゃん!という軽い驚き。で、ちょっと意地悪そうな副校長のブランク夫人も、あれ?この人はジョーン・ベネットじゃん!と再度驚く。今まで全然気がつかなかったなあ。あとブランク夫人の甥っ子のまだ幼児の男子が出てくるのだが、コイツ気持ち悪いし、なんでずっと学院に居るのか意味不明なのだが、理由があるのね。あとは定番のやたらでかくて不気味な下働きの男、たぶんコイツは聾唖者。学院の先生と生徒の顔合わせのシーンで既に学院内の事情が垣間見える。サラという生徒はどうもみんなに疎まれているようだ。場の中心にいるような派手目の美少女オルガは新入生のスージーとサラに向かってこういう意地悪を言う。Sから始まる名前の人は蛇(SNAKE)なんだって!気の強いサラは反撃するが、横で見ているスージーはどうしていいのかわからない。突発的な状況にやや弱い子なのです。実はこの意地悪なセリフが何気に結構重要な伏線です。ちょっとドン臭く映るスージーはある意味可愛いのか、オルガが私の部屋でルームシェアしない?みたいな話になる。理由としては寮に空きがないから、空きが出るまで街で下宿している子に世話になれみたいなことをミス・タナーに言われた時点で世話になる気満々のスージーだが、急遽部屋が空いたから寮に来いと言われる。スージーはがっつり拒否。その時にミス・タナーに言われたのが強情な子ねというセリフ。部屋が空いた理由はなんとなくわかりますよね?とある事情で空いた部屋がしばらく使えなくて急に使えるようになったということ。パットが寮住まいだったのかは説明がないですが、隣の部屋はサラだったということが後でわかるので、二人は親しく行き来していたということは想像できます。一度はオルガの世話になる予定だったスージーですが、いつのまにか寮住まいにされてしまいます。ここの経緯がちょっと気持ち悪い。後で説明します。以上で分かるスージーという少女はアメリカ出身でわりとおおらかな子ということ。一度決めたことは曲げないこと。寮生活は子供の用で嫌だという気取ったところがあること。この時点で閉塞な空気のある学院には異質になるなと。で、間違いなくコネクトされない存在であること。これも劇中のシーンで説明されています。SNAKEのSを持つ子というのは、かなり穿った見方をするとラストシーンに繋げることが出来ます。次に今まで見ていて意味がわからないシーンを魔女のコネクト能力で解釈すると非常にしっくり来ることがわかりました。

●スージーは最初のレッスンの時に何故倒れたのか?

 スージーがレッスンの途中で頭痛を訴えるが、スパルタ気味のミス・タナーにレッスン継続されて倒れて鼻血とか出しちゃういやんなシーンって、この学院普通じゃねえなという不穏な空気を出しつつ、倒れた理由を考えてみるとこういうことだと思います。自分の中で意味不明のシーンがありまして、それは...スージーがレッスン部屋に向かう前にデブでいかにもな風体の下女っぽいおばさんと、金髪の可愛い甥っ子が居て、スージーに何か光るモノで光を当ててスージーが眩しいってなるシーンがある。この瞬間少し周囲が暗転して、一瞬だけ異世界に居たようなシーンになる。スージーは一瞬眩暈でくらっとなる状態になってすぐ戻る。...なのですが、このシーンの意味がずっとわからなかったのですよ。今見ると、これはコネクトの受信状態の確認ですね。アイツのアンテナはバリ3かな?とかそういうの。で、間違いなく圏外の女だったのです。圏外なので、鼻血と口から血が出るくらいにコネクトの拒否をしました。コネクト能力の怖さが分かる症状です。コネクト完了すると他の生徒みたいにロボットのように延々レッスンを継続できる。あのシーンの生徒って、スージーととある生徒以外は無機質なのです。普通の反応をしているのが美形の男の子フランツです。ロン毛で美形の彼は、パットと付き合っていたらしいなんてのは後でわかるのですが、スージーにとってはロマンスの相手として機能します。しかしながらフランツは貧乏気味で寮費とか色々免除のためにミス・タナーにこき使われているらしいということ。またブランク夫人の寵愛を受けているっぽいという描写があります。フランツは親切なので、スージーの宿屋に置いてある荷物をオルガの部屋まで運んでくれたり、倒れたスージーに駆け寄ってくれます。折に触れスージーの近くに現れるフランツですが、コイツが結構ヤバいのでは?は後でわかります。

●倒れた後のスージーはずっと自室で食事を取ることになる理由は何か?

 倒れたスージーが目を覚ますと、寮の一室で、オルガの部屋にあったはずの荷物が全部移動されていて、オルガからの伝言も特にないという状態。あの傲慢なくらいに上から目線でお洒落なオルガがこんなに従順に先生の意思に従うのはコネクト状態だから。同時にこれ以後目立った形で彼女は登場しません。ある程度意気投合したはずのオルガのリアクションが全くなく急に断絶状態になるのは気持ち悪いと思います。寝ているスージーに気持ち悪い医師がワインを飲めとか勧める。赤血球の不足から来る症状で、ワインを飲んで赤血球増やせとかキモい医師が言うのだが、そんな処方聞いたことがねえよ!以後、スージーは寮の生徒と食事をとることなく、自室で病人食を食べることになる。で、食事の際には必ずワインが付いてくる。ワインを飲むといつもスージーは眠くなるから何か入っているよね?スージーがレッスンの最中に訴えた頭が重いのですからのもう限界って、生理痛が劇的に重い状況が延々続く症状なんじゃねえかなって勝手に思っています。この映画ってエッチいシーンがない代わりに思春期の女子のあったら嫌なことが詰まっている気がするので。別室で食事をとるのはアンコネクトなスージーを支配下に置くための処置である。コネクトできないなら薬品で眠っとけと同時にどうにか体質改善してコネクト出来るようににしたいというのもあるかもしれない。まあ、でも強情な子ねというセリフで既にスージーは圏外の女であるということは提示されているような気もする。この時点ではスージーはかなり特別扱いを受けている印象もある。また、寮に入ってからのスージーに係る人間はサラとフランツしか居ないというのも気持ち悪いですね。あ、スージーってボッチじゃん!でその理由は、苛めではなく避けられているという演出になっていますね。避けられているのはもちろんコネクト能力支配下のせいです。

●スージーはどの時点で学院がおかしいと判断したのか?

 自分が入学する前の晩に二人の少女が不審死という時点でアタシなら入学を諦めるのだが、諦めないのがスージー。それはそれ、これはこれで押し通しても、金田一シリーズみたくまたまた人が死ぬ。入学して早々に天井から蛆が降ってくるからの盲目の出張ピアニストダニエルが自分の盲導犬に噛み殺された辺りで、何!この学校!になったと思う。この時点で隣部屋で仲良くなったサラがエキサイトして色々情報をくれる。この学校の校長の鼾を聞いたことがあるけどすっげえ気持ち悪い。で、その鼾だけど蛆が天井から降ってきた晩に皆で練習場で寝たじゃない?あの日さあ、校長の鼾を聞いたのよ、アイツ絶対この学校から出ていないはず!しかもね、誰も校長を見たことがないの。パットと自分は親友で、パットは学院がおかしいと思いそれを書きとめたノートをくれたのよ。あの晩、貴女(スージー)を追い返したのは私なの!(オマエか?と怒ってもいいぞ、スージー)学院の教員は夜は帰宅するけど、足音で確認すると外に出ていない。学院内のどこかに行っているはず。足音を数えるとそのどこかはわかるはずよ。などなどを教えてくれる。スージーはスージーでパットの最後の言葉を覚えている範囲で教える。覚えているのは秘密の扉とアイリスだけなのだが、ということはパットの声はあの時のサラに届いていなかったのか?よーし、サラちゃん核心に迫っちゃうぞで頑張るのだがサラちゃんが頑張って色々話してもワインを飲んでいるスージーは寝てしまうので、ある晩とうとうサラちゃんが行方不明になってしまう(まあ、殺されたわけですが)。ミス・タナーに言うと朝早くに退学したと言われる。しかもその音を確認したのは僕ですとフランツ(大嘘つき)が言うので、引き下がるがどんなに鈍い子でもこれは一大事ということで親友サラの親に連絡を取るが、ここで驚きサラのパパはスイス大使だった。何?あの子超お嬢様じゃない!になるわけだが、そんなお嬢様でおそらく寄付金で貢献してくれているはずの家の子まで殺すのがこの学院の恐ろしいところ。何か思うところがあるスージーはサラの友人の精神科医のウド・キアことフランクに会う。そこで、フランクの知り合いの魔女研究をしている学者さんミリウス教授から前述の魔女のことを聞く。魔女研究を専門にしている彼は、魔女はどこにでも居る存在でオカルト的な存在というより、そういう特殊な能力を持つ存在だという風にも解釈している。

 以上の情報からあの学院おかしいになって戻ってくると学院に誰も居ない。副校長が公演のチケットを生徒分買って公演に連れていったので生徒も先生も誰も居ないのだ。たまたま外出ていたスージーは本当の意味でボッチになる。下女のおばさんは居るので食事は出される。学院が信用できないスージーはその食事をトイレに捨てワインを洗面所に流す。そのワインがどう見ても絵の具のような液体なので、明らかにワインじゃない!今まで飲んでいたのは何なのか?明確にされていないけどおそらく魔女の血だろう。で、たぶん経血かなんかの不浄な血だ。スージーは核心に迫るべく、サラの情報を頼りに秘密の場所に向かう。

●最後のシーンでスージーは何故エレナ・マルコスに勝てたのか?

 足音を辿って秘密の場所に向かうスージー。ここでパットの言葉を明確に思い出し、3つのアイリスの青を回すことで秘密の扉を開ける。そこには秘密の通路があり、よく見るとラテン語とか英語でオカルトがどうとか書いてあるので何かのテーマパークみたいだ。進んだ先の部屋にミス・タナー、ブランク夫人、甥っ子そしてあの下男まで居るのを見つける。連中は何か赤いモノを飲んでいて、ブランク夫人はアメリカ娘を殺せとわめいている。アメリカ娘はどう考えても自分だろう。ああ、ここ本当にヤバいわ、でふと見つけたのが行方不明になったはずのサラの惨殺死体だった。精神的に限界のスージーの近くにあの巨躯の下男がやってくるのが見えたので急いで手近な部屋に逃げ込んだスージーだが、そここそビンゴな場所=エレナ・マルコスの部屋だった。今までの疑問が繋がっていく状態のスージー。瞬間的に彼女は火事で死んだはずのエレナ・マルコスは四百年間ずっと生きていて、今目の前にいる。そして今はこの学院の校長をしている。すべての元凶は彼女で親友のサラもパットもダニエルもおそらく彼女に殺されたことを理解した。エレナ・マルコスは薄いカーテンの向こうのベットに寝ている影で確認している。エレナ・マルコスの部屋をよく見ると魔術的なグッズだらけスージーはガラス製の孔雀の像を倒して落してしまう。エレナ・マルコスはその音で、スージーが来たことを知る。喘ぐような声と犬のうなり声が混ざったような音を発するエレナ・マルコスはまさしく獣そのものだ。すかさず落ちて壊れた孔雀像から折れた羽根の部分を掴み(これがまあいい感じの凶器になる)、それでエレナ・マルコスのベットのカーテンを開けると誰も居ない。声だけがする中、挑発するエレナ・マルコスはサラを亡霊にしてけしかける。迫ってくるサラの亡霊に怯えつつ、もう一度エレナ・マルコスの姿を確認すると姿は消えているが人型の線影が見える。その陰に向かって羽根を突き刺した時。獣の目をした焼けただれた老婆が姿を現す。エレナ・マルコスが死んだと同時に学院に崩壊が始まる。部屋の家具が激しく動き回るのは魔女パワーの暴走だろうか。コネクトが切れたしもべの皆さんは全身から出血してのたうち回っているので、魔女が死んだ途端に死ぬのだろう。たぶん彼らも必要以上に寿命が延びていたのだろうから。爽やかな顔で学院から外に出るスージー。満面の笑顔で学院を去るでおしまい。このラストシーンがあまりにもあっさりしているので、最初に見た時はなんてあっけないんだ?四百年を生きた魔女なのに弱過ぎだろう?と思ったのだが、このあっさりスージーが勝つというのは今見るとしっかりとした理由があるのがわかりました。スージーが一人だけ隔離された状態で気持ち悪い食事を提供された理由は、コネクト体質改善と共になんとかしもべにしたいというエレナ・マルコスの意思があったのでは?しかしながら結局できなかった。何故か?コネクトされない者はおそらく魔女になれる素質があること。サラもパットも魔女の素質があっただろうということ。スージーだけが特別なのはエレナ・マルコスの血を飲んでも最後までコネクト状態に出来なかったということでスージーもまたエレナ・マルコスと同じレベルの魔女の資質があったのでは?と推測できます。アレは要するに新旧魔女対決だったのですねと。エレナ・マルコスはより強い魔女に負けた。エレナ・マルコスの居場所を視認できたのは魔女だから。あの何かの光によってできた線影は魔女だから見えたのでは?と解釈するとしっくりきます。で、この光のシーンとレッスン前にスージーが変な光で眩暈を起こすシーンはリンクしていると思います。両方とも魔女にしか見えない光で、魔女なら光を見た瞬間何かの感覚に目覚めるのだと思います。そうなるとコネクトの確認と同時に魔女かどうかの確認の作業だったということにもなりますね。もういいからあのアメリカ娘を殺せになる理由もわかります。あとは「SNAKEのSを持つ子」という意味がわりと呪術的な記号として作用します。孔雀は蛇を食べてしまう鳥、つまり蛇より強い存在であの孔雀像があった時点でスージーの運命は決まったような呪術要素があったのですが、像が壊れたことで呪術が消えて孔雀で術者自体が殺されたとも取れますね。記号的な意味にこだわることもあるアルジェントらしく解釈するとこうなりますね。もう一つ穿った解釈をするとエレナ・マルコスの部屋には「プロビデンスの目」に似たシンボルがありました。今思うに、魔女というのはあの頃から居て、大衆を操れる人間だったというのは想像力過多かもしれませんが、コネクト能力である程度の数の人間を支配出来るからピラミッドも出来るのだよみたいな魔女の世界観がどこかにあるのかもしれませんね。アルジェントはこういうことまで考えていそうな空気がありますね。最後に満面の笑顔で去るスージーのふっきれた感じって、サラ!アタシやったよ!じゃなくて、アハハハ...最高!...そうかアタシは魔女だったんだ!の笑顔と解釈するのが正解な気がしますし、その方がカッコいいですね。

 アリダ・ヴァリとジョーン・ベネットが出演していることで映画としての品と格式が多少上がって、ゴシックな空気が増すというのはいい演出だと思います。この二人が居ないと名門バレエ学校の雰囲気が出ないのだろうな。

 自分の中で長年意味が分からないシーンを今更理解したという考察。あのシーンって結局何なの?シーンが複数あるのですよ。それは...

●学院の天井から蛆が降ってくるシーン

●ダニエルってなんで死ななければならなかったの?また自分の盲導犬に襲われたのは何故?

●サラを殺したのは誰なの?

の3つですね。でも10月29日の上映で見直してみて、あ!そういうことか!になりました。以前から「サスペリア」は何度か見ているのですが、適当な映画だなという意味でこの3つのシーンを深く考えたことがなかったのですね。アルジェントが適当なことをする監督じゃなくて、意図が読めない自分も悪かったなと。いやでも分かりにくいよ、アルジェントという評価は崩しませんよ。

●学院の天井から蛆が降ってくるシーン

 アルジェント好みの女の子が蛆にキャアキャアするだけのシーンだと当初は思っていました。結局蛆の発生原因って、最上階だかにある食糧庫のハムとかが腐って蛆が大量発生してそれが天井から落ちてきただけの話ですしね。腐っていたのが人間でしただとかなり衝撃的ですが、さすがのアルジェントもそこまで支離滅裂ではありません。ルチオ・フルチだと平気でやりそうですけど。ですが、コネクト能力で解釈するとこうなります。この時点でアンコネクトな存在はスージーとサラとおそらく盲目の訪問ピアニストのダニエルです。たぶんアンコネクトな存在が複数居るとノイズが強すぎてコネクトに齟齬が生じる。食料が腐るのはコネクト能力が正常に機能していない故の事故のようなモノなのでしょう。これは先生方も予想外らしくて、普通に何だこれ?みたいな対応でしたし、この状況で一番難色を示しているのはエレナ・マルコスでしょう。アタイのコネクトが邪魔されてんぞ、こら!みたいな感じだと思います。スージーは最初のレッスンで倒れた時点で、あ、コイツ受信装置に難があるから調整しよう体で特別メニューを与えている最中ということで、しょうがないとしてもあと誰?ダニエル?アイツな邪魔だなになったということなのかなと思いました。サラについて保留だったのはパットから受け継いだ情報の確認でしょう。いずれは殺す予定だったが今現在は保留。ダニエルが殺される流れへの布石のシーンかもなと思いましたが、もう一段階想像力を飛躍させるとこういうことでは?の説がこれです。エレナ・マルコスのコネクト能力を妨害するほどの魔女がこの学院に来ている。今までなかったことが特定の存在が現れることで急激な変化として現れることが蛆の発生と考えるとこれもしっくりきます。ごく最近来た新しい存在はスージーだけです。エレナ・マルコスでさえもスージーの存在をこの時点ではまだ過小評価していたと思いますが、スージーが出す無意識の魔女パワーとエレナ・マルコスのコネクト能力が干渉し合った結果が急激に食料が腐る事故になったと考えた方がカッコいいですね。蛆のシーンは絵的にキモいだけでなく何かの前兆を示すシーンだったわけですね。

●ダニエルってなんで死ななければならなかったの?また自分の盲導犬に襲われたのは何故?

 このシーンもかなり唐突で謎だったのですよ。盲目の訪問ピアニストのダニエルは常に盲導犬のシェパードを連れていて学院に入るときは外に犬を繋いでいる。で、その犬がブランク夫人の甥っ子に噛みついて怪我したのでミス・タナーがブチ切れて、クビだ!出ていけになって喧嘩状態でダニエルが出て行き、その後ビアホールからの帰り道に広場で何かに怯えて吠える盲導犬を窘めている内にダニエルは周囲に何かの存在を感じたが、それが何かわからないままに愛する盲導犬に噛まれて死んでしまう。これもコネクト能力で考えるとアンコネクトの彼はノイズだから追い出した、蛆の原因はコイツじゃねえのか?という判断でもあるのでしょう。殺した理由は...僕は目が不自由でも耳は良いんだ。こんな呪われた所なんて出て行ってやる!という捨て台詞から推測するに耳のいい彼は学院内のことをある程度把握していたということでしょう。外に出ない教師の存在と獣のような鼾をかく何者かの存在を知っていたのと、学院自体のいわくについても知っていたということで殺されたということだと思います。自分の盲導犬に襲われたのは何故?「サスペリア」での殺人のルールとして何か超常的な存在の目で所在を確認される、次に物理的な攻撃が出来るコネクトされた存在を使って直接手を下すの順序で行われるがあるのですよ。ダニエルの場合は犬です。犬をコネクト状態にしたのは甥っ子だと考えると筋が通ります。学院における甥っ子の役目はコネクトのアンテナ付けますかもしれませんね。途中まで味方だった犬が急にダニエルを襲ったのは近くに超常的な存在=エレナ・マルコスが来たからです。このシーンの不思議なところとして、空から何かが見下ろしている視点でダニエルを追うシーンが続くのがあるのですよね。空間を移動している、もしくはある程度の質感がある生霊のような状態のエレナ・マルコスが来ていたということでしょう。(エレナ・マルコスはパットを窓に押しつける程度のパワーはある)エレナ・マルコスが近くに来ることでコネクトが正常に発動します。この理屈で考えるとパットの襲撃に二人必要だったこともわかります。寝たきりの状態のエレナ・マルコスですが魔力を使って対象の確認をしないとコネクトされた殺人者を派遣出来ないということにも取れますね。

(以下 2019/03/10訂正)

前にも書いたけど盲目だからです。ブランク夫人の不気味な甥っ子がスージーに光を当てるシーンがあってあれがコネクト状態の確認をする役割で、圏外の女スージーは、レッスン中に倒れてしまう。光は視覚情報として体内に何らかの洗脳効果をもたらす物として入ってくるわけだけど、ダニエルは盲目なので分からないわけですね。盲目だから放置していたという事だと思います。でも耳がいいからね。学院内のことは耳で察知していたし、あの野郎面倒臭いで殺されたという事だと思います。盲導犬が急に襲ってきたのは、甥っ子がコネクト回線を直で結びに行ったから甥っ子が犬に噛まれたという情報があったでしょう?犬は大好きなダニエルのために抵抗したのでしょうが支配下に置かれた。ダニエルが襲撃の際に空から何かが来るのを聞いていて、必死に上を見ているシーンについてもエレナ・マルコスがアストラル体/で見ているからということで説明がつきます。エレナ・マルコスは手を下す際には直で見ないときが済まない気質のようですね。

(訂正ここまで)

●サラを殺したのは誰なの?

 「サスペリア」での殺人のルールで行くとエレナ・マルコスともう一人コネクトされた存在が居る。サラの場合は、一緒に居たスージーが寝てしまい。怯えた状態にいたら何者かが部屋の外に迫っている気配を感じたということでこれはコネクトされた存在の襲撃です。同時に俯瞰で彼女を追っている視線があるので、学院内というエレナ・マルコス所掌の領域に居ることで追うのは簡単でしょう。ここでコネクトされた存在が後ろ姿がしっかり映るシーンが出てきます。後ろ姿で判断すると美形の兄ちゃんフランツです。サラを追い回した後、剃刀でドア鍵を開けようとするところを見ると襲撃者は一人だろうということになりますね。で、逃げ回ったサラが無数の針金に絡まって悶えているところにやって来て殺したのもおそらく彼です。物理的な攻撃を出来るのは人間というルールで考えても彼でしょう。同時にパットを殺したのもおそらく彼です。ただコネクト状態でコマンドを与えられた彼は殺人の記憶がないのかもというのはありますね。無意識にコネクトされて動かされているから殺人をしたという意識はないということかもしれませんが、通常コネクトでも彼は学院内のことをスパイしているだろうからやっぱり嫌な奴ですよね?フランツはその後、サラについて嘘の証言をスージーにするのでコネクト強めの協力者ということでしょう。パットとサラを殺したのは誰かは劇中に明確に示されません。で、このフランツは最後のシーンには居ません。なんて適当なと思いますが、彼が最後のシーンに居ないのはコネクトされた学院の生徒全員は公演を見に行くという名目で全員居ないからです。だからフランツが居たらおかしいのです。ここでフランツが居たら、ヤツはしもべということでワンランク上になっちまいますので、あくまで下僕と考えると居ないが正しいになるのですね。こう考えると魔女にも出来ることと出来ないことの枷があるから魔女はどうしても人間が必要という理由になるのだながわかりますね。驚くほど設定がしっかりしています。ダニエルの上を何かが飛んできているかのように俯瞰で見せるシーンって長くてイライラするのですが、あの長いシーンに意味があって、探しているんだな、正確な位置を。で、コネクトの調子を見ているということなのでしょうね。親切にも何かの影が建物に映るシーンまであるのでエレナ・マルコス来ているよが良くわからるシーンでもあるのですね。あとなかなか犬がダニエルを噛まないので見ていて、いつもイライラするのですが、相手が犬なのでコネクトがなかなか繋がんねえな、畜生だもんなで解釈すると面白いですよ。

 「サスペリア」って何者かの視線について、割りとフェアに伏線を張っていますね。瞬間、瞬間にスージーとサラを見ている視線の主はエレナ・マルコスかコネクト状態のフランツのどちらかです。蛆の事件後に練習場で寝ている時とプールで泳ぐ二人を見ていたのはたぶん人間のフランツ、精神科医のフランクに会うためにとあるセンターに向かったサラを遥か上から見ているのはエレナ・マルコスというように細かく演出していますね。

●学生寮・学院内の構造

 わりと見逃しがちな設定。「サスペリア」を見る度に思うのが、学生寮内の構造なのです。あそこ変でしょう?まず階段の構造が変。両側から昇れるようになっているけどエッシャーのだまし絵みたいになっているじゃない?あの階段の上ってどうなっているの?のシーンが結局ない。全体的に退廃的なムードが漂うアールデコのような装飾がいっぱいのお洒落な空間。で、1階にはエレベーターがデンとある。このエレベーターを使用しているシーンがほとんどない。教師もまず使わないし、生徒もぜったいと言っていいほど使わない。そもそもエレベーターが必要なくらいの階の建物でもない。でも誰かのためにあるはずの目で見ると一度だけエレベーターの扉が開いて中が見えるシーンがある。エレベーターの中にはお洒落な椅子がある。ここで分かるのはこの学院には足腰の弱い何者かが居て、その者はエレベーターに乗る間の短い時間でも椅子が必要な人間である。その者の存在を示唆するアイテムとしてエレベーターが機能しているという設定は細かいなと思います。建物の細かい設定としてはブランク夫人の居る部屋が面白いのですよ。あの部屋は斜めに机が置いてあって、見かけよりスペースが狭いのを無理矢理に錯覚で広く見せているのですね。あの部屋にこそ秘密があるのですが、何かのスペースを隠すためにわざと錯視効果を狙っているという設定は見落としがちなギミックです。で、あの部屋の装飾であのバレエ学院は呪術的な舞踏から派生しているみたいなことがわかるようになっていますね。あの学院が気持ち悪いなと思うのは壁が赤いこと。アルジェントが赤好きだしなということを考えるとまあそうかなんだけど、なんか地中海辺りに赤い壁の建物多いじゃない?でもあそこドイツだしで長年なんだ?あれは?だったのですがこれも今更わかりました。エレナ・マルコスはギリシャから来た魔女です。それならああいう壁にしちゃうわな。400年前の感じだといっちゃんお洒落だしな。こういうところの関連付けまで考えているアルジェントすげえになった瞬間。余談ですが、足音で秘密の場所をさぐろうとしているサラが「アリアドネの糸を手繰るようね」とニコニコ顔で言うシーンがあったりするので、ギリシャだよ、この魔女の起源はギリシャみたいなのを殊更に強調している感じもありますね。関係ないけど「ハマーホラーの夕べ」で見た「妖女ゴーゴン」がギリシャ・ローマ神話の怪物なのに何故かドイツの古城に来たというのも本作と似ていて面白いです。何か関連性があるのでしょうか?エレナ・マルコス、ギリシャからドイツまで来て魔女やるよに何か民俗学的なモノがありそうな気もしますね。あとまあ魔女三姉妹はゴルゴーン三姉妹からですだったりするんかね?

(2019/3/10訂正)

●学院の構造がおかしいと書いたけど、おかしいのは寮だった。

冒頭で何かから逃げてきたのはソフィアの居る寮。で、寮の階段がエッシャーの騙し絵みたいになっている。
寮のエレベーターにはお洒落な椅子があるということで、椅子の必要な人は誰でしょうね?だった。あの椅子を使う人が訪問するので、あそこに居る生徒もコネクト支配下にはいっているという事です。

学院の構造が変ですわねになるのは、ブランク夫人の居る部屋で、あの部屋は手前に広がっている台形のような形をしているのでは?という推測出来ます。外からみるとスペースがもっとあるのを錯視効果で分からない
ようにしているのでは?と思います。アイリスを回すと秘密の通路に行けるのですが、これ前にも書いたと思うけど、胎内くぐりです。あの学院自体が魔女の胎内で、胎内をくぐるとエレナ・マルコスの居る部屋に行ける。建物に沿って螺旋のようにくぐると思うので蛇の胎内でもあるという意味だと思われます。通路に沿って呪文のように書いてある文字はあんまり意味がないと思うけど、呪術的効果があるという意味はあるのでは?
魔女の素質がない子はそもそもあの通路のことを考えないし、入れないのではないかなと思います。更にいうとコネクト支配下の子は青いアイリスが青く見えないかもと思っています。アイリスが青く見えるのも魔女の素質のある子だけ。

 「サスペリア」をミステリーを読み解く視点で理解するとロジックの凄さに驚くのですが、これを説明してくれるキャラが劇中に居ないので伝わりにくいがあると思います。特に「サスペリア」は状況の動きでこういうことだねをいちいち考えないとダメみたいです。探偵みたいに劇中の人物だけでなく観客にまでわかりやすく状況を教えてくれるキャラを配置してくれればねとは思いますが、「サスペリア」は居ない方が面白いというのをはっきりと認識しました。これね、ラストまで見ると「BIRTH OF THE WITCH」ストーリーで魔女は誰かを犠牲にして輝くという風に考えた方がカッコいいのですね。たぶんね、劇場版「エコエコアザラク」のパート?である「エコエコアザラクII -BIRTH OF THE WIZARD-」は「サスペリア」にめっちゃ影響を受けていると思います。両作品の内容でなくて、魔女誕生のプロセスで考えると実は同じだと思うのですね。

 「サスペリア」は雨で始まって、雨で終わるというのが好きなんだよなあ。最初の雨はエレナ・マルコスの魔力で、ラストの雨はスージーの魔力で降ってきたと解釈するとラストの雨は新魔女誕生の祝福の雨なのだね。

【シエラ・デ・コブレ村】

 メキシコは鉱山のメッカとして知られ、金、銀、銅とあらゆる鉱物が採掘される。シエラ・デ・コブレは、錫(すず)が採掘されるばかりの貧しい村である。そこに生まれたポーリーナは金脈を求めてアメリカから渡ってきた男と恋仲になった。その二人の間に生まれたのがヴィヴィアである。しかし、夫婦関係は上手く行かず、ヴィヴィアの父は妻の我儘で強欲な性格に振り回されて働き続け、時には物乞いをすることもあった。それでも満足いかないポーリーナは、娘のヴィヴィアを巻き込んで幽霊騒ぎをでっち上げ観光資源商売に手を出した。ヴィヴィアに客を地下墓地に連れてこさせ、ポーリーナは幽霊に扮して物陰から唸り声と共に出現し、客たちに「黒い血(ススで着色した砂糖水)」を浴びせるという稚拙なアトラクションであった。ある時、ポーリーナは地下墓地でアヤワスカ(別名:ヤヘイ)と呼ばれる幻覚作用をもたらす植物を発見する。ポーリーナはそれを飴に加工して客たちに与えたところ、幽霊騒ぎに一定の効果を示したので、以後の幽霊アトラクションの必須アイテムとなる。

【事件】

 幽霊観光でアクシデントが起きた。参加者の1人、アメリカ人の女教師に幻覚剤の効果が出なかったのである。この事で女教師はポーリーナに苦情を入れ、賃金の支払いを拒否。このためポーリーナは女教師に幻覚剤を大量に投与するに至り、女教師は狂気に陥った。その様を見たポーリーナとヴィヴィアは恐怖と危険に駆られ、小さな霊廟に女教師を閉じ込めてその場から逃げたのである。後にそこから女教師の死体が発見された。

【心霊探偵ネルソンの調査】

 観光客が幽霊の呪いで殺されたという噂は瞬く間に村に広まり、シェラ・デ・コブレの村役場(当局)は、心霊探偵として知られている建築家、ネルソン・オライオンに調査を依頼した。ネルソンは彼のそれまでの経験から心霊現象ではない事を当局に伝え、被害者の遺体の検死を勧めた。その結果、死因がアヤワスカ(ヤヘイ)による薬物中毒によるものと判明。しかし、これは村人の誰かが殺人を犯したことを意味するもので、ネルソンの除霊を期待した迷信深い村人たちが容認できるものではなかった。彼らは「ネルソンは除霊の失敗を自らの保身のために村人の殺人とすり替えた」とし、ネルソンに汚名を着せることになった。

【ヴィヴィアのその後】

 ヴィヴィアの父は、日頃からヴィヴィアに虐待を加えてこき使うポーリーナに愛想をつかして、ヴィヴィアを連れて故国アメリカに帰る。その後の経緯は不明だが、ヴィヴィアはアメリカ屈指の資産家マンドール家に嫁ぎ、一人息子ヘンリーの妻となる。映画では語られないが、義母のルイーズから信頼されていたのだろう。ルイーズの基金団体の管理人として堅実なキャリアと積み、目の不自由な夫にも甲斐甲斐しく尽くす良妻にもなる。

【マンドール家】

 マンドール家はアメリカ屈指の広大な土地を持つ。この土地は長い間分譲されず、古来からの自然の姿をそのまま残していた。後継者はヘンリーただ一人でその相続はいずれヴィヴィアのものとなる。1960年現在の資産価値は750万ドルで、ある筋からの購入希望もある。

【ポーリーナのその後】

 行方知れずになった夫と娘ヴィヴィアを方々捜して時は過ぎ、新聞でヴィヴィアがマンドール家に嫁いだことを知る。それに乗じてマンドール家に入り込むことを画策。何らかの形で屋敷の召使いたちを買収して辞職させ、ヴィヴィアが出張で留守にしている隙を狙って家政婦として入り込んだ。目的は、娘ヴィヴィアを利用してのマンドール家の財産横領である。

【幽霊は三人】

1:電話から聞こえる亡きルイーズの泣き声
 ヘンリーの部屋に設置されている黒電話に夜な夜なかかってくる女性の悲鳴のような泣き声。その電話は、ヘンリーの母ルイーズが「生き埋葬」を怖れて、万が一に霊廟で息を吹き返した時のために棺桶の横に設置した黒電話と直通である。つまり、その電話の主は死んだルイーズ夫人ということになるのだが、声の主はポーリーナであった。

2:ヴィヴィアの前に現れた幽霊
 シエラ・デ・コブレでポーリーナによって殺されたアメリカ人女教師の幽霊。本作のタイトルロールとも言える本物である。ポーリーナの悪事を暴露させるためにヴィヴィアの前に現れた。ヘンリーには直接干渉しない。当初、ヴィヴィアの前にのみ現れるので彼女の幻覚と思われたが、ポーリーナがネルソンに襲い掛かった時に二人の前に姿を現したことで幽霊の存在が証明された。ポーリーナを返り討ちにして殺害。

3:ポーリーナの幽霊
 ポーリーナは女教師の幽霊に祟り殺された後、ヴィヴィアの車に運ばれた。警察に自首することを決意し、車で出頭しようとしたヴィヴィアの前に突如としてポーリーナの幽霊が現れ、自らが娘に投与していた鎮静剤を渡す。ヴィヴィアはそれを振り切って車を暴走させ、崖から落ちて自死することになった。ネルソン曰く、「彼女は死して尚、強欲になった。小さい頃から良い様に使ってきた娘を道連れにした」と。

 

【作品解説】

 アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960)で脚本を担当したことで一躍有名になったジョセフ・ステファノは、ABC制作のSFテレビドラマシリーズ『アウター・リミッツ』のヒットに大きく貢献したが、何らかの事情でABCと袂を分かち、その後CBSに声をかけられた。ステファノは『アウター・リミッツ』の対抗馬として、ホラーをテーマとしたテレビシリーズ『Haunted』を企画。そのパイロット版として作られたのが『シエラ・デ・コブレの幽霊』である。本来は54分の中編作品だったが、その後に追加撮影と編集を経て81分版が作られた。メガホンをとったのはステファノ本人であるが、本作が彼にとっての最初で最後の監督作品となった。

 結果的にテレビ番組『Haunted』は実現しなかった。81分版を作って劇場公開も計画されたが、これも実現せずに、アメリカで本作はいわゆる「お蔵入り」となってしまったのだ。しかし製作費回収の名目で国外でのフィルムの貸し出しは行われた。

 日本では1967年にNETテレビ(現:テレビ朝日)の『日曜洋画劇場』で放送されている。全国放送はそれ一度きりで、以降ローカル局で数度放映されたそうだ。いずれにせよ、世界的にみても、本作を目にする機会は極めて少なかったと言わざるを得ず、日本ではテレビ放映を観た視聴者たちの間で話題となり、長きに渡って視聴する術を失っていたこともあって作品はSF・ホラー映画愛好家達の口伝えで伝説と化していった。

 わが国では、昭和42年8月20日(日)の21:00から2時間枠で本作と『ミイラ男の呪い(ミイラ再生)』(1931)の二本立てで放映された。吹き替え声優は穂積隆信、二階堂有希子、田中信夫・他。

毎日新聞 1967年(昭和42年)8月20日ラテ覧より。

【記事全文】
"「ミイラ男の呪い」ほか
アメリカ怪奇映画特集 日曜洋画劇場(NETテレビ後9・00)"怪奇映画特集"としてアメリカ映画「シェラデコブレの幽霊」とミイラ男の呪(のろ)い」の2本を放送する。
「シェラデコブレの幽霊」は「アンネの日記」「大都会の女」のダイアン・ベーカーらが出演。続発する幽霊事件が、実は財産を狙う女のたくらみであることをあばく物語。「ミイラ男の呪い」は、映画「フランケンシュタイン」もののボリス・カーロフらが出演。紀元前数世紀、エジプト第十八王朝がさかえたころを物語の舞台に、王女を恋した高僧が神の怒りにふれ生きたままミイラにされてしまうというものー。"(原文ママ)

【ウィキペディア】
日本版:『シェラ・デ・コブレの幽霊』
【IMDB】
『The Ghost of Sierra de Cobre』

 ネットリテラシーの欠如が招く惨劇を描いたシチュエーション・スリラーである。事件のきっかけとなる主人公たちの悪戯が災いを産み、その報復を受ける格好であるため、姿なき犯人への同情を禁じ得ない。

2016年6月4日にロサンゼルス映画祭でプレミア上映が行われ、2017年2月10日にアメリカ公開された。


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