1960年代

1960⇒1969
 

魔像ゴーレム 呪いの影

 ハマー・ホラー隆盛の渦中にあった1960年代のイギリスで作られた作品で、制作、監督、脚本のハーバート・J・レダーはハマー・ホラーにインスパイアした格好で映画を制作。ことに、カメラワークと音楽効果にハマーを意識するようにと直接指示を与えている。数々の古典怪物を復活させていたハマー・プロであったが、ゴーレム物には着手していなかったので、「もしも、ハマーがゴーレムを作ったら?」という遊び心が垣間見られ、その意味で良好な結果を遺したと言える。音楽を担当したのはハマーの『怪奇ミイラ男』(1964)、『魔獣大陸』(1967)のカルロ・マルテッリ。本作の主題曲は『怪奇ミイラ男』の流用。

 セブンアーツ・プロがワーナー・ブラザーズを買収してからの初の映画作品。『怪奇!呪いの生体実験』(1967)と二本立てで公開された。

 『サンゲリア』(1980)の主人公・ピーターを演じたイアン・マカロック(ウェイン警部補役)のデビュー作である。

悪魔の宴

 1968年は『2001年宇宙の旅』『猿の惑星』『Night of the Living Dead』という革命的な作品が発表され、老舗のハマー・プロはイギリス経済に貢献した一企業としてエリザベス女王から叙勲され、ジャンル映画に取ってまさに最盛期の真っただ中であった。そんな最中に制作された本作はボリス・カーロフ、クリストファー・リー、バーバラ・スティール、マイケル・ガウ、ルパート・デイヴィスといった、新旧怪奇スターの豪華共演が楽しめる逸品。ボリス・カーロフにとっては、遺作ではないが、存命中に発表された最後の作品となる。 

 H・P・ラヴクラフトの短編小説『魔女の家の夢』に基づくが、物語はあまり似ていない。(執筆中)

吸血鬼ドラキュラの花嫁

 ハマーのドラキュラ・シリーズ第2作。ドラキュラ死後の後日談で、ピーターカッシング扮するヴァン・ヘルシング博士が再び登場。ドラキュラの弟子、マインスター男爵一派と対決する。
 経営難に陥っていたユニバーサル社は、同社配給の『吸血鬼ドラキュラ』(1958)のヒットによって倒産を免れ、ハマー・プロに賛辞を贈るとともに続編の制作をもちかけた。プロデューサーのアンソニー・ハインズは脚本家のジミー・サングスターに『Disciple of Dracula(ドラキュラの弟子)』というタイトルの脚本を依頼。
 草稿では、近隣の学校の女生徒二人を毒牙にかけた吸血鬼マインスター男爵が村に訪れた二人の英国女性を狙い、主人公ラトゥールがドラキュラの亡霊を召喚して男爵を倒すという内容だった。このプロットではドラキュラはカメオ出演程度のものだった。
 同時にハマーは別の企画、クリストファー・リーのドラキュラ物『Dracula the Damned(忌まわしきドラキュラ)』の制作スケジュールを組んでいた。その後ハマーはピーター・ブライアンに『Disciple of Dracula』の書き直しを指示。これによりドラキュラの登場がカットされ、ラトゥールはヴァン・ヘルシング博士に変更された。タイトルは『Brides of Dracula』となる。ここではヴァン・ヘルシングが黒魔術でコウモリの大群を召喚し、吸血鬼を倒す事になっていた。さらにブライアンはサングスターの草稿での2人の女性主人公を1人にまとめた。それが本編のヒロイン、マリアンヌ・ダニエルである。ヴァン・ヘルシング役は勿論、ピーター・カッシングがキャスティングされた。
 同時にドラキュリー再登場の『Dracula the Damned』の企画は消滅。リーはハマーで着実にキャリアを積んでいたものの、この時点でハマーはリーを重要視していなかったようだ。ハマーのスターはあくまでピーター・カッシングだったのである。
 さて、ここで問題が発生する。カッシングがブライアンの脚本の「ヘルシングが黒魔術を使ってコウモリの大群を召喚する」ことに難色を示したのである。脚本はカッシングの演劇仲間の作家エドワード・パーシーに委ねられた。パーシーの修正は最小限だったが、カッシングを納得させるには充分だった。その後、BBFC(全英映像等級審査機構)の監査を経て、撮影直前に書き直すなどし、1960年1月に撮影台本が完成。

 ヘルシングが黒魔術で吸血鬼を倒すという案は後に『吸血鬼の接吻』(1963)で採用されるが、ジミー・サングスターの草稿は、ある意味で同作のプロットそのものともいえる。

 マリアンヌ役にフランスの女優イボンヌ・モンローが招かれた。彼女はフランスから母親と共に渡英、ブリテンに滞在中に『殺人鬼登場』、『吸血鬼ドラキュラの花嫁』、『Terror of Tongs』(いずれも1960年)と、立て続けにハマーフィルムの作品に出演。彼女はハマーの上層部に気に入られていたが、その理由はブリジット・バルドーに似ていたからである。この時期、ハマーではバルドーのファンが多く、本人の出演を熱望していたのだった。(※なぜ実現しなかったのかは不明)

 マインスター男爵役には無名のデヴィッド・ピールが配役された。背が低かったために底上げの靴とジンジャーキッス・カールの大きなかつらで身長を嵩上げして役に挑んだ。マインスター男爵は設定ではティーン・エイジャーだったが、実年齢が40歳だった彼には無理があったが、それでも、この狡猾にして冷酷な吸血男爵を小器用に好演した。

ミイラ怪人の呪い

 ハマーのミイラ男シリーズ第三作目。15年に渡ってハマー・プロの作品を生み出してきたブレイ・スタジオで撮影された最後の作品である。

 古代エジプトの回想シーンのプロローグは7分に及ぶ。ナレーションは通説ではピーター・カッシングとされてきたがこれは間違いで実際のナレーターはティム・タナーである。同じくプロローグでファラオの従者役のディッキー・オーウェンは前作『怪奇ミイラ男』(1964)でミイラ男を演じた役者。また、ミイラ男に扮したのはエディ・パウエル。英国を代表するスタント・マンで、007シリーズをはじめ華々しいキャリアの持ち主である。ハマーではクリストファー・リーのスタント・マンとして知られ、ハマー・ホラーを語る上では外せない重要人物だ。『エイリアン』(1979)のスーツ・アクターでもある。

原題にある『Shroud』とは、古代エジプトで埋葬される際の死体を包む布のことで、日本で言うところの経帷子に当たる。テレビ放映される際にはこれを「王旗」としたが、イギリスでいうところの「王旗」は"Royal Standard"となる。実のところ日本語で本作の『Shroud』に該当する適当な言葉が無い。

怪奇ミイラ男

この時期のハマー・フィルムの作品のほとんどは、お馴染みの顔ぶれでホーム・グラウンドのブレイ・スタジオで作られていたが、本作はスタッフ、出演者共々ハマー作品未経験者が多く、撮影もエルストリートスタジオで行われた。そのためか、ハマー・ホラーとしては少々異質な雰囲気を持つ作品である。主演はテレビ・シリーズ『シャーロック・ホームズ』(1954)でホームズを演じたロナルド・ハワード。ヒロインに扮するのはこの作品がデビュー作となるジャンヌ・ローランド、不死の呪いを受けたアダム=ビーを演じたのは『ハムレット』(1948)でレアティーズを演じたテレンス・モーガン。

ミイラ男のスーツアクターはディッキー・オーウェン。彼は次回作『ミイラ怪人の呪い』(1967)で冒頭の回想シーンでのプレム(ミイラ男の正体)を演じた役者である。

音楽はカルロ・マルテッリ。本作のテーマ曲は、そのまま『魔像ゴーレム 呪いの影』(1966)のテーマ曲として流用されている。

 監督のマイケル・カレラスは「ヘンリー・ヤンガー」名義で脚本も担当している。

妖女ゴーゴン

『妖女ゴーゴン』についての考察

(文章:乗寺嶺 善美 2016/5/30)

ハマーホラーといえば、小学生時代の夏休みの午後ローの定番でやたら見た覚えがある。「妖女ゴーゴン」はかなりリピート放映されていた。頭悪いガキなのでクソ暑い中アイス食いつつ、あーなんだよー蛇女出てこないじゃねえかとイライラしながら見た記憶がある。もうオチも知っているし、蛇女結構弱いんだよなと小馬鹿にしつつ見た。ガキなりのリアリズムがあるので、吸血鬼とか狼男をバカにして見ている時期である。ここ日本だし、ドラキュラ伯爵来るわけねえしみたいな頭の悪い理解でハマーホラーをバカにしていた。

「ハマーホラーの夕べ」で遥か昔のハマーホラーを見直して今の感性で見るとまあ、なんというかときめく設定が多い。ある程度の知識と見識があるとスタッフはこういうことがしたいのねが見えてくるので、この年になってのオレ的ハマーホラーブレイクが来ている。これは東宝の怪獣映画に感じる懐古的な物とは違う。で、「妖女ゴーゴン」を久しぶりに見てみるとなかなかいいメロドラマだった。

20世紀初頭、ドイツの片田舎バンドルフ村と、その村にある無人のボルスキ城でこの村に住みついたよそ者の画家とこの村の娘がエッチい仲になった。アタシい妊娠したの!結婚してからーのゴタゴタ後、娘が石化死体で画家は首つり死体で見つかる。画家にはリンチの跡がある。検死に立ち会ったドクター・ナマロフ(ピーター・カッシング)と助手のカルラ(バーバラ・シェリー)はまたかみたいな空気になるのだが知らん顔で、事件の経緯は画家が娘を殺害した後に自殺という結論になる。これに納得いかないのが画家の父ハインツ教授で、独自に調査していると蛇女に遭遇してしまい石化。しかしながら石化のスピードが遅かったので、もう一人の息子ポールに手紙を書く時間があった。父と兄弟を失ったポールが事件の解明に来るが助手のカルラに惚れちゃったみたいで長々とメロドラマが始まりますよという空気になる話。久々に見たら寝そうになるほどゆったり進行。まあ、そこがいいわけですが結ばれない二人の男女の悲恋モノのラブロマンスで見ると非常にいい映画ですね。

古城に居たのはゴーゴン三姉妹の一人メゲーラらしいという話になって、あれ?ゴーゴン三姉妹ってステンノ・エウリュアレ・メドゥーサだよね?アレでしょう?アテナの怒りを買って怪物にされちゃった気の毒な三姉妹。で、メゲーラってたぶんメガイラだ。こちらはエリーニュスの三女神だ。

アレークトー(止まない者)
ティーシポネー(殺戮の復讐者)
メガイラ(嫉妬する者)

だったと思う。でこの女神様達はティターン族なのでオリュンポスの神々より古い存在だ。何気に神格が上がっている。そんな古の女神様が何故20世紀初頭の古城で寂しく居るのか不明なのだが、髪が無数の蛇の怪物で見た者が石になるメドゥーサをメガイラにした理由って何だろう?たぶんこれはメガイラが嫉妬を司るからだ。同時に悪事を働く者を罰することがお仕事でもある。こう考えると最初の画家と村の娘のエッチい関係で娘の方を石化した理由が見えて来る。不道徳に密通して淫らな関係になった娘を罰したということになる。なんか理不尽なのだけど、ギリシャ・ローマ神話の神って理不尽です。うっかり何かやらしたら酷い殺され方をするか怪物にされます。あと何気に女子に厳しい。冒頭の不可解な死体のシーンって実はかなり深い意味がある。ちなみに画家は娘のパパが激怒して村の連中集めてリンチして殺したのだと思う。で、これを地元の警察は知っていて黙認している。なんてヤバい村なんだというのが非常に英国的な嫌らしい感性だ。排他的でよそ者に厳しいということはハインツ教授さんちに暴徒が嫌がらせに来るシーンでも分かる。所謂村社会独特のアレである、アレであるからもう20世紀だと言うのに怪物の存在を信じて隠していることになる。

以後のストーリーでネタバレをするとメゲーラの魂がカルラに宿っていること。ドクター・ナマロフはそれを知っていて、カルラを庇っていることで、実は彼女に愛情を感じている。ドクター・ナマロフはその状況にかなり悩んでいたということが分かる。そこの若いポールが登場である。で、急速に仲良くなる二人に不安になったのかアイツ、満月の夜になるとメゲーラになるから監視せえみたいな体でがたいのいい用心棒みたいな助手を差し向けるわけだが、この助手は殺人に躊躇がない危ない奴だったりするので、なんでこんなの雇ってんだという不思議な状況。途中でポールの恩師であるマイスター教授(クリストファー・リー)が合流する。長身に適度に着崩した風体で怪しい人である。身なりでコイツは変人という記号化をしているのだが、この人が登場したのはこの物語におけるただ一人の俯瞰で物が見える人で、理知的な視点でこの村の状況に切り込める近代人ということなのだと思う。理知的だからメゲーラは居ると仮定するとこうじゃないか?みたいな冴えたアドバイスをくれるのだが、ポールはカルラを愛しちゃっているので届かないみたいな流れになる。恋は盲目ですね。うっかりすると石化しちゃう危険な恋ですね、そら燃えますわね。

マイスター教授が教鞭をとっているライプツィヒ大学って本当にあるのかしらと思って調べるとすっげえ名門です。ライプニッツとか物理学者のハイゼンベルクとヘルツ、実験心理学のヴント、クラインの壺で有名な数学者クライン、メビウスの帯で有名な数学者メビウスが先生をやっていた大学です。そらまあマイスター教授がリアリズムの塊なのはよくわかる。あの人は遅れて来た金田一耕助のような名探偵なのだな。もう近代化の波が来ているのにまだ旧体制な社会に光をもたらす人という役割も演じているわけだ。
だからドクター・ナマロフとマイスター教授が対峙するシーンにドキドキする。近代化の光を持っているのに真実に目を背ける者と背けない者との対決だ。あの緊張感半端ない。名優同士特有のオーラであのシーンは非常にときめく。この物語は古の女神が古城に居ついたこととそこは近代化の波に乗り遅れた旧体制の村社会だったこととポールとカルラの悲恋がうまく噛み合ってないんだと思う。それでもラストの哀感漂うシーンっていいよね、誰かあの状況を救う者が居るとすればペルセウスのような勇者の資質を持った人ということになるのだろう。まあ、あの人が勇者なのかというと少々疑問だが。神に挑むということはこういうことだという落としどころで考えるといいラスト。怪奇なシーンで始まって、神話のような終わり方をするという素敵な映画ではあるんだ。

【シエラ・デ・コブレ村】

 メキシコは鉱山のメッカとして知られ、金、銀、銅とあらゆる鉱物が採掘される。シエラ・デ・コブレは、錫(すず)が採掘されるばかりの貧しい村である。そこに生まれたポーリーナは金脈を求めてアメリカから渡ってきた男と恋仲になった。その二人の間に生まれたのがヴィヴィアである。しかし、夫婦関係は上手く行かず、ヴィヴィアの父は妻の我儘で強欲な性格に振り回されて働き続け、時には物乞いをすることもあった。それでも満足いかないポーリーナは、娘のヴィヴィアを巻き込んで幽霊騒ぎをでっち上げ観光資源商売に手を出した。ヴィヴィアに客を地下墓地に連れてこさせ、ポーリーナは幽霊に扮して物陰から唸り声と共に出現し、客たちに「黒い血(ススで着色した砂糖水)」を浴びせるという稚拙なアトラクションであった。ある時、ポーリーナは地下墓地でアヤワスカ(別名:ヤヘイ)と呼ばれる幻覚作用をもたらす植物を発見する。ポーリーナはそれを飴に加工して客たちに与えたところ、幽霊騒ぎに一定の効果を示したので、以後の幽霊アトラクションの必須アイテムとなる。

【事件】

 幽霊観光でアクシデントが起きた。参加者の1人、アメリカ人の女教師に幻覚剤の効果が出なかったのである。この事で女教師はポーリーナに苦情を入れ、賃金の支払いを拒否。このためポーリーナは女教師に幻覚剤を大量に投与するに至り、女教師は狂気に陥った。その様を見たポーリーナとヴィヴィアは恐怖と危険に駆られ、小さな霊廟に女教師を閉じ込めてその場から逃げたのである。後にそこから女教師の死体が発見された。

【心霊探偵ネルソンの調査】

 観光客が幽霊の呪いで殺されたという噂は瞬く間に村に広まり、シェラ・デ・コブレの村役場(当局)は、心霊探偵として知られている建築家、ネルソン・オライオンに調査を依頼した。ネルソンは彼のそれまでの経験から心霊現象ではない事を当局に伝え、被害者の遺体の検死を勧めた。その結果、死因がアヤワスカ(ヤヘイ)による薬物中毒によるものと判明。しかし、これは村人の誰かが殺人を犯したことを意味するもので、ネルソンの除霊を期待した迷信深い村人たちが容認できるものではなかった。彼らは「ネルソンは除霊の失敗を自らの保身のために村人の殺人とすり替えた」とし、ネルソンに汚名を着せることになった。

【ヴィヴィアのその後】

 ヴィヴィアの父は、日頃からヴィヴィアに虐待を加えてこき使うポーリーナに愛想をつかして、ヴィヴィアを連れて故国アメリカに帰る。その後の経緯は不明だが、ヴィヴィアはアメリカ屈指の資産家マンドール家に嫁ぎ、一人息子ヘンリーの妻となる。映画では語られないが、義母のルイーズから信頼されていたのだろう。ルイーズの基金団体の管理人として堅実なキャリアと積み、目の不自由な夫にも甲斐甲斐しく尽くす良妻にもなる。

【マンドール家】

 マンドール家はアメリカ屈指の広大な土地を持つ。この土地は長い間分譲されず、古来からの自然の姿をそのまま残していた。後継者はヘンリーただ一人でその相続はいずれヴィヴィアのものとなる。1960年現在の資産価値は750万ドルで、ある筋からの購入希望もある。

【ポーリーナのその後】

 行方知れずになった夫と娘ヴィヴィアを方々捜して時は過ぎ、新聞でヴィヴィアがマンドール家に嫁いだことを知る。それに乗じてマンドール家に入り込むことを画策。何らかの形で屋敷の召使いたちを買収して辞職させ、ヴィヴィアが出張で留守にしている隙を狙って家政婦として入り込んだ。目的は、娘ヴィヴィアを利用してのマンドール家の財産横領である。

【幽霊は三人】

1:電話から聞こえる亡きルイーズの泣き声
 ヘンリーの部屋に設置されている黒電話に夜な夜なかかってくる女性の悲鳴のような泣き声。その電話は、ヘンリーの母ルイーズが「生き埋葬」を怖れて、万が一に霊廟で息を吹き返した時のために棺桶の横に設置した黒電話と直通である。つまり、その電話の主は死んだルイーズ夫人ということになるのだが、声の主はポーリーナであった。

2:ヴィヴィアの前に現れた幽霊
 シエラ・デ・コブレでポーリーナによって殺されたアメリカ人女教師の幽霊。本作のタイトルロールとも言える本物である。ポーリーナの悪事を暴露させるためにヴィヴィアの前に現れた。ヘンリーには直接干渉しない。当初、ヴィヴィアの前にのみ現れるので彼女の幻覚と思われたが、ポーリーナがネルソンに襲い掛かった時に二人の前に姿を現したことで幽霊の存在が証明された。ポーリーナを返り討ちにして殺害。

3:ポーリーナの幽霊
 ポーリーナは女教師の幽霊に祟り殺された後、ヴィヴィアの車に運ばれた。警察に自首することを決意し、車で出頭しようとしたヴィヴィアの前に突如としてポーリーナの幽霊が現れ、自らが娘に投与していた鎮静剤を渡す。ヴィヴィアはそれを振り切って車を暴走させ、崖から落ちて自死することになった。ネルソン曰く、「彼女は死して尚、強欲になった。小さい頃から良い様に使ってきた娘を道連れにした」と。

 

【作品解説】

 アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960)で脚本を担当したことで一躍有名になったジョセフ・ステファノは、ABC制作のSFテレビドラマシリーズ『アウター・リミッツ』のヒットに大きく貢献したが、何らかの事情でABCと袂を分かち、その後CBSに声をかけられた。ステファノは『アウター・リミッツ』の対抗馬として、ホラーをテーマとしたテレビシリーズ『Haunted』を企画。そのパイロット版として作られたのが『シエラ・デ・コブレの幽霊』である。本来は54分の中編作品だったが、その後に追加撮影と編集を経て81分版が作られた。メガホンをとったのはステファノ本人であるが、本作が彼にとっての最初で最後の監督作品となった。

 結果的にテレビ番組『Haunted』は実現しなかった。81分版を作って劇場公開も計画されたが、これも実現せずに、アメリカで本作はいわゆる「お蔵入り」となってしまったのだ。しかし製作費回収の名目で国外でのフィルムの貸し出しは行われた。

 日本では1967年にNETテレビ(現:テレビ朝日)の『日曜洋画劇場』で放送されている。全国放送はそれ一度きりで、以降ローカル局で数度放映されたそうだ。いずれにせよ、世界的にみても、本作を目にする機会は極めて少なかったと言わざるを得ず、日本ではテレビ放映を観た視聴者たちの間で話題となり、長きに渡って視聴する術を失っていたこともあって作品はSF・ホラー映画愛好家達の口伝えで伝説と化していった。

 わが国では、昭和42年8月20日(日)の21:00から2時間枠で本作と『ミイラ男の呪い(ミイラ再生)』(1931)の二本立てで放映された。吹き替え声優は穂積隆信、二階堂有希子、田中信夫・他。

毎日新聞 1967年(昭和42年)8月20日ラテ覧より。

【記事全文】
"「ミイラ男の呪い」ほか
アメリカ怪奇映画特集 日曜洋画劇場(NETテレビ後9・00)"怪奇映画特集"としてアメリカ映画「シェラデコブレの幽霊」とミイラ男の呪(のろ)い」の2本を放送する。
「シェラデコブレの幽霊」は「アンネの日記」「大都会の女」のダイアン・ベーカーらが出演。続発する幽霊事件が、実は財産を狙う女のたくらみであることをあばく物語。「ミイラ男の呪い」は、映画「フランケンシュタイン」もののボリス・カーロフらが出演。紀元前数世紀、エジプト第十八王朝がさかえたころを物語の舞台に、王女を恋した高僧が神の怒りにふれ生きたままミイラにされてしまうというものー。"(原文ママ)

【ウィキペディア】
日本版:『シェラ・デ・コブレの幽霊』
【IMDB】
『The Ghost of Sierra de Cobre』

吸血ゾンビ

1960年代前半、ユニバーサル・ホラーのリメイクを中心に映画作りを続けていたハマー・フィルムは、マンネリズムの壁に突き当たってしまった。実際、この時期のハマー・ホラーは、クリストファー・リーのドラキュラ映画の不在もあって迷走期に入っていた。そこで、ユニバーサル・ホラーのモンスターとは違う切り口としてハマーが目を付けたのがヴィクター・ハルペリン監督による『恐怖城』(1932)、すなわちゾンビ映画だったのである。呪術師がブードゥの魔力を以て「生ける屍」を悪事に利用するというプロットを借りて作られた本作は、腐りかけているゾンビのメイクや、ゾンビが土中から這い出す演出などが斬新で、後世のゾンビ映画に凄まじい影響を与えることになった。まさに古典ゾンビからモダン・ゾンビへのバトンとなった作品と言える。世界初のカラー・ゾンビ映画であり、それまでのゾンビ映画の集大成ともいえる作品なのだ。

日本では戦前に公開されたゾンビ映画は『恐怖城』のみで、『吸血ゾンビ』は本邦公開二本目のゾンビ映画となる。

凶人ドラキュラ

 ハマー・フィルムのドラキュラ・シリーズ3作目にして、初作『吸血鬼ドラキュラ』の正式な続編。
 ストーカーの原作の権利を得て、初めて『魔人ドラキュラ』(1931)が公開されて以来、ドラキュラ映画は全てユニバーサル製作、もしくは配給で公開されたが、本作は初めてユニバーサル以外の資本によって製作されたドラキュラ映画である。これは、それまでユニバーサルが原作の映画化、及び舞台劇の脚本の権利を独占していたためである。しかし、1962年に原作者没後50年に至り、原作がパブリック・ドメインとなったため、キャラクターの使用については権利の束縛が消失したのである。
 クリストファー・リーのドラキュラ役は実に8年ぶりのこと。ドラキュラの登場シーンは諸々、初作の焼き直しとなった。本作にはドラキュラの台詞が無く、そのために徹底して怪物としての存在になっている。リーの美声が聴くことが出来ないのは寂しい限りだが、ドラキュラの登場シーンは全て見せ場となっている。台詞に関しては「意味が無いので削除させた」と主張するリーに対して、脚本家のジミー・サングスターは「最初から無かった」と、りーの主張を否定している。サングスターはリーの主張に関して「何かと勘違いしているのだろう」と述べている。

 物語は至極シンプルで、いわゆる「子供に聞かせるおとぎ話」の体裁を整えており、吸血鬼ドラキュラという怪物を紹介するには理想的な作品だと言える。おそらく、今日世間一般に知られているドラキュラの印象は、本作が最も強い影響を及ぼしていることだろう。

 撮影を終えて編集作業に入り、映画を完成させたところ、予定よりも時間が短くなってしまったために、急遽前作のクライマックスをプロローグとして差し込むことになったが、これによって本作に出演していないピーター・カッシングのギャランティが発生してしまった。これに関しては、制作側がカッシングの家の屋根の修繕を請け負う事で相殺された。

 ドラキュラのスタントを務めたのは、ハマー・ホラーでは常連のエディ・パウエル。ラストの水没シーンでは、堀に沈んだ後に水中に設置してあったはずの酸素ボンベが見つからず、あわや溺死するところだったという。

 バーバラ・シェリーは、城の地下でアランの死体を発見して叫び声を挙げるところで、元々声質が低く、思うように悲鳴が出せなかったため、本編ではスーザン・ファーマーが悲鳴のアテレコをしている。

 配給元の20世紀FOXはエリザベス・テイラー主演の超大作『クレオパトラ』(1963)の興行的失敗(映画はヒットしたが、巨額の製作費を回収するまでに至らなかった)によって屋台骨が傾げ、経営危機に陥ったが、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)のヒット等で徐々に再建の道を見出した。この時、『凶人ドラキュラ』をはじめとするハマーの20世紀FOXシリーズもその一助として大いに貢献したという。

怪奇!呪いの生体実験

 日本未公開作品だが、71年にテレビ初放映された。以来、何度か再放送を重ね、それを子供の頃に観てトラウマになってしまった人が非常に多いという曰くつきの作品。
 ナチの復興を目論む題材としては『ブラジルから来た少年』(1976)が頭に浮かぶが、それに先駆けて10年も前に作られた。特撮は今日の目で見ればチープと言わざるを得ないが、それを補って余りある如何わしく陰惨な雰囲気は特筆すべきところ。冷凍庫にぶら下がるナチ党員、筋肉の電流実験に使われる腕、といったビジュアルイメージのインパクトは強い。何よりも、ただ邸に来ただけの罪の無い女性を殺害し、その生首を痛ましい姿で生かしておくという、幾分行き過ぎた設定は、いかなホラー映画に慣れた者でも背筋寒からしめるものがある。あまりにもひどい話だ。
 しかし、そういったビジュアル面よりも役者の演技面が実に不気味。上手い下手は別として、登場人物がことごとく常軌を逸しており、特に本作のヒーロー的立場にあるロバーツ博士が生首を見てニコニコと喜び、二つ返事で実験に協力してしまうあたりは観客を人間不信に陥れてしまうほどの衝撃である。はっきりいってロバーツの人格演出が生煮えの状態で、少々破綻気味な感がある。しかし、それが功を奏してか、他の一本筋の通ったマッド連中とは違って、群を抜いて狂気の人だ。ここのところの絶望感といったらない。

 ノルベルク博士に扮したダナ・アンドリュースは、『我等の生涯の最良の年』(1946)や、『バルジ大作戦』(1965)、『エアポート'75』(1974)等で知られる、ハリウッド・スターの一人である。

 ノルベルクの助手カールに扮するアラン・ティルバーンは、『白夜の陰獣』(1966)、『スーパーマン』(1979)、『ファイヤーフォックス』(1982)、『リトルショップ・オブ・ホラーズ』(1986)にチョイ役で顔を見せている。


 凶暴になってしまったジーンの父に扮しているのは、無名時代のエ
ドワード・フォックスである。

 監督のハーバード・J・レダーは、本作の翌年に『魔像ゴーレム』(1967)の監督・脚本を務めている。メイク・アップのエリック・カーターもまた、同作でメイクを担当。

 音楽がドン・バンクス、音楽監督はフィリップ・マーテルだ。この二人は、ハマー・ホラーでお馴染み。ドン・バンクスは『フランケンシュタインの怒り』(1964)、『蛇女の脅怖』(1966)、『ミイラ怪人の呪い』(1967)の作曲家。
 
 この作品は出来の良し悪し云々よりも、色んな意味でボーダーラインを越えてしまっている。同時期のハマーやアミカスのような格調高さは無いが、これはこれでちょっと外せない作品といえる。