1960⇒1969

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吸血鬼ドラキュラの花嫁

 ハマーのドラキュラ・シリーズ第2作。ドラキュラ死後の後日談で、ピーターカッシング扮するヴァン・ヘルシング博士が再び登場。ドラキュラの弟子、マインスター男爵一派と対決する。
 経営難に陥っていたユニバーサル社は、同社配給の『吸血鬼ドラキュラ』(1958)のヒットによって倒産を免れ、ハマー・プロに賛辞を贈るとともに続編の制作をもちかけた。プロデューサーのアンソニー・ハインズは脚本家のジミー・サングスターに『Disciple of Dracula(ドラキュラの弟子)』というタイトルの脚本を依頼。
 草稿では、近隣の学校の女生徒二人を毒牙にかけた吸血鬼マインスター男爵が村に訪れた二人の英国女性を狙い、主人公ラトゥールがドラキュラの亡霊を召喚して男爵を倒すという内容だった。このプロットではドラキュラはカメオ出演程度のものだった。
 同時にハマーは別の企画、クリストファー・リーのドラキュラ物『Dracula the Damned(忌まわしきドラキュラ)』の制作スケジュールを組んでいた。その後ハマーはピーター・ブライアンに『Disciple of Dracula』の書き直しを指示。これによりドラキュラの登場がカットされ、ラトゥールはヴァン・ヘルシング博士に変更された。タイトルは『Brides of Dracula』となる。ここではヴァン・ヘルシングが黒魔術でコウモリの大群を召喚し、吸血鬼を倒す事になっていた。さらにブライアンはサングスターの草稿での2人の女性主人公を1人にまとめた。それが本編のヒロイン、マリアンヌ・ダニエルである。ヴァン・ヘルシング役は勿論、ピーター・カッシングがキャスティングされた。
 同時にドラキュリー再登場の『Dracula the Damned』の企画は消滅。リーはハマーで着実にキャリアを積んでいたものの、この時点でハマーはリーを重要視していなかったようだ。ハマーのスターはあくまでピーター・カッシングだったのである。
 さて、ここで問題が発生する。カッシングがブライアンの脚本の「ヘルシングが黒魔術を使ってコウモリの大群を召喚する」ことに難色を示したのである。脚本はカッシングの演劇仲間の作家エドワード・パーシーに委ねられた。パーシーの修正は最小限だったが、カッシングを納得させるには充分だった。その後、BBFC(全英映像等級審査機構)の監査を経て、撮影直前に書き直すなどし、1960年1月に撮影台本が完成。

 ヘルシングが黒魔術で吸血鬼を倒すという案は後に『吸血鬼の接吻』(1963)で採用されるが、ジミー・サングスターの草稿は、ある意味で同作のプロットそのものともいえる。

 マリアンヌ役にフランスの女優イボンヌ・モンローが招かれた。彼女はフランスから母親と共に渡英、ブリテンに滞在中に『殺人鬼登場』、『吸血鬼ドラキュラの花嫁』、『Terror of Tongs』(いずれも1960年)と、立て続けにハマーフィルムの作品に出演。彼女はハマーの上層部に気に入られていたが、その理由はブリジット・バルドーに似ていたからである。この時期、ハマーではバルドーのファンが多く、本人の出演を熱望していたのだった。(※なぜ実現しなかったのかは不明)

 マインスター男爵役には無名のデヴィッド・ピールが配役された。背が低かったために底上げの靴とジンジャーキッス・カールの大きなかつらで身長を嵩上げして役に挑んだ。マインスター男爵は設定ではティーン・エイジャーだったが、実年齢が40歳だった彼には無理があったが、それでも、この狡猾にして冷酷な吸血男爵を小器用に好演した。

凶人ドラキュラ

 ハマー・フィルムのドラキュラ・シリーズ3作目にして、初作『吸血鬼ドラキュラ』の正式な続編。
 ストーカーの原作の権利を得て、初めて『魔人ドラキュラ』(1931)が公開されて以来、ドラキュラ映画は全てユニバーサル製作、もしくは配給で公開されたが、本作は初めてユニバーサル以外の資本によって製作されたドラキュラ映画である。これは、それまでユニバーサルが原作の映画化、及び舞台劇の脚本の権利を独占していたためである。しかし、1962年に原作者没後50年に至り、原作がパブリック・ドメインとなったため、キャラクターの使用については権利の束縛が消失したのである。
 クリストファー・リーのドラキュラ役は実に8年ぶりのこと。ドラキュラの登場シーンは諸々、初作の焼き直しとなった。本作にはドラキュラの台詞が無く、そのために徹底して怪物としての存在になっている。リーの美声が聴くことが出来ないのは寂しい限りだが、ドラキュラの登場シーンは全て見せ場となっている。台詞に関しては「意味が無いので削除させた」と主張するリーに対して、脚本家のジミー・サングスターは「最初から無かった」と、りーの主張を否定している。サングスターはリーの主張に関して「何かと勘違いしているのだろう」と述べている。

 物語は至極シンプルで、いわゆる「子供に聞かせるおとぎ話」の体裁を整えており、吸血鬼ドラキュラという怪物を紹介するには理想的な作品だと言える。おそらく、今日世間一般に知られているドラキュラの印象は、本作が最も強い影響を及ぼしていることだろう。

 撮影を終えて編集作業に入り、映画を完成させたところ、予定よりも時間が短くなってしまったために、急遽前作のクライマックスをプロローグとして差し込むことになったが、これによって本作に出演していないピーター・カッシングのギャランティが発生してしまった。これに関しては、制作側がカッシングの家の屋根の修繕を請け負う事で相殺された。

 ドラキュラのスタントを務めたのは、ハマー・ホラーでは常連のエディ・パウエル。ラストの水没シーンでは、堀に沈んだ後に水中に設置してあったはずの酸素ボンベが見つからず、あわや溺死するところだったという。

 バーバラ・シェリーは、城の地下でアランの死体を発見して叫び声を挙げるところで、元々声質が低く、思うように悲鳴が出せなかったため、本編ではスーザン・ファーマーが悲鳴のアテレコをしている。

 配給元の20世紀FOXはエリザベス・テイラー主演の超大作『クレオパトラ』(1963)の興行的失敗(映画はヒットしたが、巨額の製作費を回収するまでに至らなかった)によって屋台骨が傾げ、経営危機に陥ったが、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)のヒット等で徐々に再建の道を見出した。この時、『凶人ドラキュラ』をはじめとするハマーの20世紀FOXシリーズもその一助として大いに貢献したという。

帰って来たドラキュラ

ハマーのシリーズ4作目。
監督はテレンス・フィッシャーから、カメラマンのキャリアを持つフレディ・フランシスに交代。


この作品では様々な演出が試みられた。
ロケーションの多用により、地理関係の広大さを明確にし、切り立った山頂に雲つくようにそびえ立つドラキュラ城であるとか、住宅街の屋根の上での追跡劇を加えることで「高さ」を演出。それまでにない舞台空間の広がりを、立体的に見せることに成功している。

ことに、「高さ」が強調されるシーンが多い。これによって「不安定」さが演出され、自然に心理的不安に駆られる。

また、ほのぼのとしたホームパーティのシーンに、狂ったように疾走するドラキュラの馬車のカットを差し込むといった、明暗の強調、これも神経にざらつく演出である。これらと、映画全般のどんよりした色調も手伝って、映画全体が実に陰惨で不安な空気を醸しだしている。

シリーズ中随一、不思議な雰囲気に包まれている作品だ。ジェームス・バーナードの音楽も、お馴染みだったドラキュラ・テーマを一新。宗教曲を取り入れた重い曲調となった。

テレンス・フィッシャーの演出とは違うが、これはこれで面白い。しかし、幾分ベットリし過ぎな感は否めない。

時は1968年。ホラー映画は「ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド」と「ローズマリーの赤ちゃん」の登場により、新たな時代を迎えていた。この時ハマーは頂点に達していた。本作の撮影中に、ハマーはエリザベス女王から、英国に多くの利益をもたらしたことで叙勲される栄誉に授かった。

赤字怪談・いるいる

CMスタッフの集団「ひま人くらぶ」による短編映画である。
本作が発表された前年の67年には、同じくCM出身の大林宣彦監督による「いつか見たドラキュラ」が発表されている。

経の吸血シーンは同年公開の「帰って来たドラキュラ」にとてもよく似ており、またそれが意外に良い効果を生んでいるように思う。明らかにハマーホラーの影響を受けていると思われる。ハマーホラーの影響を受けた作品は数多いが、その中でも本作はそこそこのレベルを保っているのではないか?

朽ち果てた羅生門や鎧姿の義経のイメージが、吸血鬼という異文化の化け物に割とよく似合っており、これはこれで違和感が無く楽しむことができた。

45分のカラー・サイレント映画である。

吸血鬼の接吻

 英国ハマープロが、「吸血鬼ドラキュラ(1958)」「吸血鬼ドラキュラの花嫁(1960」に続いて製作した吸血鬼物である。

 「吸血鬼ドラキュラ」のヒットを受けて、クリストファー・リーのドラキュラで続編"Revenge of Dracula"が?企画された。しかし、リーが同じ役を続投する事を拒否したため、「吸血鬼ドラキュラの花嫁」が製作された。当初企画された脚本には3本の候補があったという。その中には、ヴァン・ヘルシング博士が魔法陣を描き、黒魔術を用いてコウモリの精霊を召還し、吸血鬼を退治する、というものがあったという。その案が本作「吸血鬼の接吻」で採用された。
 本作で登場する、印象的なラヴナ邸の外観は、ハマーホラーにおいて「象徴的」ともいえる建造物(ミニチュア)である。後に「凶人ドラキュラ(1966)」の「ドラキュラ城」として登場するため(作品の知名度やインパクトにおいても「凶人ドラキュラ」の方が勝るためか)「ドラキュラ城」の印象が強いが、実のところそれは「流用」であった。
 ジマー教授が吸血鬼に手を噛まれ、火で焼く事で治療をするシーンが登場する。これもまた、「凶人ドラキュラ」に引き継がれる。もともとは「吸血鬼ドラキュラの花嫁」で使われた治療法であった。
 考えてみれば、旅行者が吸血鬼の御膝元でアクシデントに会う、吸血鬼の城に迷い込む、嫁が狙われる、その土地の「吸血鬼に造型の深い人物」に助けられる、という展開もまた、「凶人ドラキュラ」に受け継がれる。「凶人ドラキュラ」は、本作のパロディなのだろうか?(笑)
 アメリカではテレビ放映の際、「KISS OF THE EVIL」とタイトルが変更され、さらに冒頭の葬儀の参列者をアメリカの役者に差し替えられた。日本でテレビ放映されたものは、アメリカTV版である。

血とバラ

 ここでの「吸血鬼」は、カメラ視点に、世を俯瞰するようなナレーションが入るという一人称で描かれている。

 本編を素直に受け入れるならば、復活したのは「吸血鬼本体」ではなく「霊魂」ということになる。 しかし、カーミラが霊廟を訪れるシーンでは、実際に吸血鬼がよみがえったような描写があったりするので、どうも存在に一貫性が感じられない。そのためか吸血鬼の存在が極めてボンヤリしており、この作品は「ホラー映画」としては非常に退屈なものとなっている。
欧米での評価は芳しくなかったが、日本では何故か評価が高い。
本編を素直に観ていけば、失恋に嘆くカーミラが吸血鬼ミラルカに見いられ、霊廟で獲り殺されており、その後はずっと吸血鬼ミラルカの暗躍である。このあたりしっかり描かれていれば、多少くっきりとしたホラー映画になったと思うが、ここがグチャグチャなので、ここから先の吸血鬼がカーミラなのかミラルカなのかがはっきりしない印象になり、加えてストーリーがこねくり回されすぎ、さらに加えて編集がまずく、下手するとつじつまが合っていないところがあることや、無理矢理話を終わらせる展開なども相まって、映画全体がよくわからないことになっている。
本作は、温室でのミラルカとジョルジアのキスシーンや、ミラルカがジョルジアの首を狙うシーンばかりが引き合いに出され、必ずといって良いほど「レズビアニズム」が取り沙汰されるが、どこがレズビアンなものか。この吸血鬼は昔好きだった男と添い遂げられず、現代でそれに似た男を狙って、許嫁を殺そうとしているのだ。こんな男好きな女吸血鬼はあまり見ない。しかもツンデレである。
実際のところ、ミラルカのジョルジアに対する感情は、「憎悪」だったのだと思う。