ハマー・ドラキュラ〜第一回〜


 ここでいうハマー・ドラキュラとは、英国の映画製作会社ハマー・フィルム・プロダクションズ(以下ハマー・プロ)が製作した9本のドラキュラ映画を指す。うち7作品でクリストファー・リーがドラキュラを演じ、5作品でピーター・カッシングがヴァン・ヘルシングを演じているが、二人が直接対決をしたのは3作品だけ。シリーズとして関連付けられているものもあれば、完全に独立した物語の作品もあり、様々なバリエーションで楽しませてくれる。それぞれの詳細についてはイベント当日の舞台でお話しするとして、ここではハマー・ドラキュラの歴史を簡単にご紹介しよう。



 1950年代の米国ではSF系モンスター映画ばかりが量産され、本格的なホラー映画は皆無に近い状態だった。そんななか、ホラー映画に飢え始めていた観客たちは、1957年から全米132局ネットでテレビ放送され始めた番組「Shock/ショック」に狂喜乱舞した。これは戦前にユニヴァーサルが製作したホラー映画を1時間枠のテレビ用に編集したものだったが、大好評となってホラー・ブームが再燃し、昔の怪物たちが若い世代にも知られることになった。そして、それと時を同じくして公開されたのがハマー・プロの本格ホラー映画第1弾『フランケンシュタインの逆襲』(1957)だった。
この戦後初の映画化にして最初のカラー版フランケンシュタイン映画は、世界中で熱狂的に歓迎されて大ヒットを記録。配給を担当したワーナー・ブラザーズ(以下ワーナー)にいいところを持っていかれた格好のユニヴァーサルは、モンスター映画の老舗としての面子をかけ、ハマー・プロの次回作の米国配給を買って出た。その次回作こそ、ホラー映画史に残る名作となった『吸血鬼ドラキュラ』(1958)だったのである。



この『吸血鬼ドラキュラ』は、製作費8万ポンド強(約1,200万円/現在に物価換算をしても1億円強)という低予算作品だったが、英米はもとより全世界で特大のヒットをかっ飛ばし、配給したユニヴァーサルはこの作品の収益で倒産の危機を免れたと記録にある。

文章/石田 一